雑    記の最近のブログ記事

またしても 、 である。   

先週土曜日は例の自宅スッカラカン作戦に従い、私にとって不要になったものを必要のある人にお届けするために荷物を積んで配り、 からだメンテのためにかかりつけの井伊接骨院で超音波治療器君による非常な激痛に耐え(しかしそのおかげですさまじい回復をしているのだが・・)、その痛みを引きずりながらはーと・ねっと・くらぶ三役会をこなし、その後マーブルデーでまたまた懐かしい友や、いつもの友たちと歓談を繰り返し、気づけば翌日になろうかという時間。。 マーブルさんゴメンなさい。

して、 翌日曜日朝はかみさんと例の由良野の森へ。

由良野の森で全国リレーの「アレクセイと泉」のチャリティー上映会なのでありました。 ベルリン国際映画祭ベルリナー賞などを受賞した この作品、『どこへ行けというのか。 人間が汚した土地だろう』 チェルノブイリ事故現場から近いベラルーシの老人、アルカジイ・ナポーキンさんの言葉。

ナポーキンさんにこういわれた、本橋監督はこの後、30回以上放射能汚染地域といわれる旧ソ連の村に通い映像に収めた作品です。 先祖から繰り返される営みのまま、今もあの汚染地帯に暮らしている人々がいる。 しかし、汚染されているはずの唯一のわき水は放射能は検出されていない。 その奇跡の村で生き続ける人々の姿から見えるものは ・・・

映像のままに、 しずかに、 しずかに   染みいります。

管理人の鷲野さんの友人からの震災チャリティーイベントです。 

DSC01649.jpg DSC01659.jpg DSC01673.jpg

終了後、由良野の会場に準備されたテントの中では何やらおいしそうな匂いが・・   これも鷲野さんご夫婦の友人たちによる素晴らしい臨時レストランです。  カフェもあります。

まんがら農園という自然農法に挑戦されているご家族とお仲間によるビビンバと冷麺をいたただきましたが、材料も素晴らしいし味も最高、おまけにひき肉だと思っていたのが高野豆腐を加工したものだと知りまたびっくり。 スゴイ手間暇をかけ心と体に優しいものを作っておいででした。 まあ普段はお百姓さんですからこの日頂けたごちそうは幻といっても大げさではありますまい。。 このご夫婦の考える農業とは、

"愛媛県西条市、四国山脈と瀬戸内海を遠くに臨む南東に開けた山あいにまんがら農園はあります。
 2004年、大阪より移り住み、荒れ放題(木まて生えていた!)だった段々畑を開墾。2010年で7年目に突入します。 現在の農園は畑5反、田んぼ2反、果樹園2反、きのこ林と竹林という空間で、ヴィパッサナー瞑想を生きていく上での技として、自然農法(不耕起・草生・無農薬・植物性肥料)の季節の野菜や加工品の宅配をしながらの自給的農業生活の途上中です。 生活のバックグラウンドとしてこんなことを考えています。。。
「世の中で起こるほとんどのことは人の思い、意識のあらわれ。どうしたら自分がそして生きとし生けるもの全てが幸せに生きていくことができるのか?」・・・ "

こんな感じの野満さんご夫婦です。 おいしさと安心が伝わるでしょうか?

DSC01661.jpg

して、 午後からは由良野名物「人間学講座」。 第9回は今治看護学校で哲学の講師をしている高安伸子さんによるシュタイナー教育についてのお話会でした。 ご主人のお仕事の都合でドイツにおられた折にご子息をシュタイナー学校に通わせられ、その時に感じたことなどを交えた報告会でもありました。 この教育の詳細はネットにお任せいたしますが、事実に基づくお話の中からあいあいキャンプにも通じる数々のヒントをいただきました。  

心のありかを脳と神経に求める事から知識偏重教育に偏り、わかっていても行動できない人が生まれる というご説明や、学校は何よりも人間を育てる場所である、 友達と一緒に学ぶ(プロセス重視)の中から自然な助け合いが生まれる、 体を動かすという単純ではあるが出力する機会を重視する、 動物を飼育することで命を体感する、 一人の担任が8年間同クラスを受け持つ、 双子パンの思想、 風や光になる授業、 電器のない教室、 机のない教室、 天然蜜蠟のクレヨンと色鉛筆 などなど 。        面白かったです。

お話会の後もメンバーは庭の草の上に腰をおろし、初夏の風に揺られながら思い思いに会話を楽しむのでありました。   ただ、  この会話がどこかで聞いたような うちゅうやのてんしやのあせんしょんやの ・・       やっぱりここもかー、  ってな具合で、 私はなんともついていけないようなお話もありましたが、間違いなく素晴らしい人たちの集まりでございました。

この由良野の森のオーナーである光明クリニック院長の清水秀明氏ご夫妻にお目にかかることができ、院長先生のお考えに触れる事が出来たことは大変うれしいものでした。

由良野のHPの人間学講座に清水氏の発表もご紹介されていますのでご参考下さいませ。 感銘を受けると思いますよ。  http://www.yuranonomori.jp/

 

そんなこんなでまたまた二日間ぶっ通して脳に刺激を与えてしまった私はそれから知恵熱にうなされ、本日軽い片頭痛でございます。

アホな凡人はあまり勉強しすぎない方がよろしいようです。。   来週こそはちょっとだけバイクにのるぞーーーーーー。

DSC01679.jpg DSC01682.jpg

 


 



 

先週の土曜日午後から自宅お隣に住むご夫婦よりのお誘いで、道後の山へたけのこ掘りへと出かけました。 久しぶりのたけのこ掘りでしたが、たけのこよりもその竹林の美しさにとても気持ちよく過ごさせていただきました。 地主さんからいろんなお話を伺いましたが、よく手入れをされた山は美しいものです。 お人柄がわかりますねえ。  
竹林以外の場所では様々な野菜類や木の実を育てられており、自給自足用だと思うのですがそこはお人柄ゆえ大部分は友人知人が貰いに来るそうです。 それでも楽しそうに語られるお姿を拝見し、この環境を作り、そして自身も作られていく循環の世界にあこがれる思いでした。
いいなー。

その後現在まで田中家はたけのこづくしの食生活を送っていることはご想像頂けますでしょう ・・・ 。

翌日曜日は朝からはーと・ねっと・くらぶの救急法講習。 松山市防災センターにて救命士の方々による実技講習です。 他人の子どもを預かる身としての自覚想起も含めての講習です。
DSC01605.jpg救命士さんによる夜勤明けのボランティアとして3時間みっちり指導していただくその姿は、この街から少しでも悲しいことから救われるチャンスが広がるなら労力は惜しまない という信念さえ感じさせる見事なものであり、それぞれの人の立場から見た世界観などもお話いただき、若者にとってはとても有意義な時間になったのではないかと思います。  イケメンの救命士さん、ありがとうございました。
DSC01610.jpg
DSC01621.jpg










さてそのあと昼飯をかき込んだ後は名物あいキャンミーティングです。
この日もこれからの各イベントに向けた担当リーダーからの素案を元に全員で改善していきます。
みっちり5時間はあっという間です。
DSC01633.jpg
私の脳みそは朝からフル回転ですが、さすがにお年のせいか?途中で2-3回空白がありました。 ほんまきついですわ。 若者20名と、彼らを尊重しつつも理念に基づく考え方を示していくというのは・・  すべてのプログラムがそうですからねえ。  すべては子どものため。  がんばろー。

とやりながら、 やっとの思いで終了後、 その日はseedのライブも並行して行われていましたのでそのままseedへ直行。 気心しれた常連さんなので任せることができるという幸せ。 信用という目に見えないものの偉大さ。 感謝です。 
そしてこちらも無事終了とありなりましてしばし若者と談笑の後、私は帰路に付くのでありました。
帰宅11時。

この日もいい一日でした。                

                     「ほんま?」 って、   誰か聞いて!







5月の連休中に毎年行われる特異な空間がある。

京都市武道センターという大日本武徳会の演武場として明治31年に立てられた由緒正しき和風建築物で高段者のみの大会が開催されるのである。 

我が師匠、加茂功剣道教士八段も毎年通っている場所である。 師匠は最高段位の八段であるからいく必要はないように思えるが、実はその八段は三つの称号に分かれている。 錬士・教士・範士 という風に位分けされており、一見大した差はないように思えるかも知れないが、錬士から範士になるまでに数十年を費やすことも珍しくない、 というか普通であるのでいかにこの世界が深遠なものか少しはご理解いただけるのではなかろうか。 中には80歳90歳で挑戦し続けている方もいらっしゃる。  そう、 死ぬまで修行の世界を用意してくれているのである。 しかも全国を代表するツワモノだらけ(八段どうし)で試合をするのである。  その名を剣道称号審査会という。

師匠は現在教士なので最高位の範士を目指し続けて日々修行に励んでこられているわけで、教士になられてからすでに7年くらいたっておられるはず。  その試合の緊張感たるやぺーぺー以下の私なんぞ想像すら出来ないわけですが、その試合でみごとに一本勝ちされたそうです。

しかし、 しかし 審査は別問題。    げに恐ろしき世界なり・・   です。

が、 師匠はそのためだけに参加しているわけではありません。  

師匠は言います。 「自分は田舎者である。 東京や京都、大阪には全国から集まったハイレベルの剣道家が常にいる。 その人たちは常に自分よりレベルの高い人と試合ができる。 すなわち向上成長の機会がふんだんにある」 と 「だから自分はこの場所で試合をすることにより、全国レベルの中の自分を知る機会になる」 のだと。    だからこそ期待と不安で緊張もするのでしょう。

しかし、70歳の師匠は確認をするのです。 「まだまだいける・・・ 私のピークは80歳だろう」(複雑笑)

師匠は言います。 「私は松山にいるときは最高段位者だからそれ以上の人と竹刀を交えることはないが故不安にも襲われることもある。 しかし、誇れることがあるとすればどんなに年下の者であろうが、格下の者であろうが、その人のレベルに合わせたなかで一切手を抜かず、気を抜かずにやり通してきた。 そのことはしかし自分よりハイレベルの者とやることと同じことではなかったか?」

 

この言葉を聞いたとき、  しびれました。

たとえどんな相手であろうが、気を抜かず、手を抜かない。 すなわち本気でやり続ける。 相手をそれだけ尊重している。 それがすなわち自身をも尊重していることになるのではないのか?  形の指導を2年以上受けて参りましたが、紛れもなく私たちに対しても毎回本気です。 一瞬たりとも気が抜けた姿を見たことがありません。 一度たりとも姿勢が崩れ猫背になった姿を見たことがありません。 一度たりともこれくらいでもういいかと指導を諦めたことはありません。 ずっとずっとずっといつもいつもいつも本気なのです。 一緒にやっている子供に対しても。 

 

本当に稀有な存在だと思います。 ほとんど毎週末県内のどこかで行われている大会や試合にボランティアで参加されていますが、その間一日を通して姿勢が崩れることはありません。 子供のころから見てきた姿を思い出してもまさにそうなのです。 師匠は意識をしているといいます。 「しんどいけど我慢をしていい姿勢でいる」 といいます。 誰がいつ見ても、見られてもいい姿勢でいることで剣道の世界を伝えたいという思いに溢れているのです。 このような「生きざま」のお手本が目の前にいてくださるということが、いかにありがたいことであるか ・・・

特別な時にだけ特別なことをして何とはなしにうまくクリアーしていくのではなく、誰が見てようが見ていまいが常日頃よりいつだってそういう生きざまで生きることによって初めて、田舎者かも知れぬが誰にも負けない、 言いかえれば自分に負けない人となれるのではないのだろうか?

比較的上手に短期間に昇段していく人もあることは事実だけれど、 そうではなくゆっくりゆっくりかも知れないが真に確実に人としての道、あり方を自他を含めて見せていただいている今の師匠が大好きであるし、 心から尊敬する所存であります。

ありがたいご縁をいただいている私の人生に、ご先祖様に ひたすら感謝申し上げ奉ります~ 。