2011年5月アーカイブ

しばらく遠ざかっているカテゴリがある。

「くちびるに歌を持て 心に太陽を持て」 シリーズ。

月刊誌「理念と経営」の定番になっているエッセイでもある。 その作者は小桧山 博。 とても好きなタイプである。

しかし、前回ご紹介した後、別の作者さんにバトンタッチしていたのでした。 タイトルは同じ、くちびるに・・・  なのですが、作者が違うとやはり違うのです。 どうしても私と合わないものですから今日までストップしていたのでした。

しかし、 しかし帰ってまいりました。 想像ですが、わたしと同じように感じていた人たちがたくさんいたのではないでしょうか?  

相変わらず素敵な文章です。 瞬間の切り取り方がとても鮮やかです。 みずみずしいというか、なまめかしいというか、時空を超えています。 しかしその鮮やかな過去と、数十年後の今が、素晴しいほどに一体化していることに私は素直に感動します。 過去と今が決して別々のものではなく、全く同時に存在していることをこれほど端的に表現できることに憧れます。

復活祭第一弾、 お楽しみください。

 

 

待つということ      小檜山 博        「理念と経営」特集記事

 

"ぼくは携帯電話を持っていない。 必要ないからだ。 雑誌や新聞の連載を6本も持ち、1年に50回の講演に歩くが電話の必要を感じない。 すべて手紙で用が足りるからだ。

27歳で東京に住んでいたころのある日、女と新宿の「田園」という喫茶店で待ち合わせた。 5日前に知り合ったばかりで、名前も年齢も住所も勤めているのかどうかも知らなかった。 ぼくのほうから誘った。

約束の日はぼくの誕生日だった。 ぼくは会社から給料の前借りをしてコーヒー代と食事代を調達し、6時に喫茶店へ行った。

だが7時になっても8時になっても女はこない。 ぼくはいらいらしながらも待った。 連絡しようにも、彼女の家かアパートかの電話も知らなかった。

9時になったとき、ぼくはアタマにきて喫茶店を飛び出した。 女は初めからぼくと会う気などなかったのだと思った。 自分の愚かさに腹が立ち、近くの焼き鳥屋で酒をあおった。

そのとき突然、もしかするとぼくが指定した喫茶店は「田園」ではなく「上高地」ではなかったかと気づいた。

ぼくは焼き鳥屋を飛び出すと、「田園」から200メートルほどのところにある「上高地」へ走った。 時計は10時を回っていた。

息を切らせて「上高地」へ走り込むと、女はいた。 4時間半も待っていたのだ。 眼が濡れていた。 ぼくを見ると大急ぎで涙をぬぐった。

 

その女性が、いまのぼくの妻だ。 結婚して45年たち、ときおりぼくが 「もしあのとき携帯電話でもあって、5分後に待ち合わせ場所の間違いがわかって4時間半待つことがなかったら、俺たち結婚してなかったかもな」 と言うと妻も 「たぶんね」 と笑う。"

 

                

◆ 5月27日より6月中旬までサーバー移行のため書き込みをお休みします。 しばらくの間くどい記事を読まずに済みますのでさぞかしリフレッシュされることと思います。 私も負けずにリフレッシュしまーす。

 

 

 

前回のクリスマス会のみならず、もっとあいキャンらしい何かができないものか? せっかく一生懸命活動していることをもっと一般の方にも知っていただく機会を作るべきではないのか? そんなこんなを考えながらそして10年間の試行錯誤のうえ、この年の「寒中、あいキャン祭り」は久万高原町父二峰小学校の遠藤校長先生のご尽力ご協力を入り口に、地元の方々の暖かいご援助の末に父二峰小学校という現役校の生徒さんや教職員さん、地元保護者さんとの合同のお祭りを企画することができたのでした。

あいあいキャンプのキャンパーである主に松山からのチャレンジドと健常児、そして地元久万高原の野性味あふれる子供たちとの共演です。 さてこのコラボレーションから何が生まれ、何に気づき、何が変わっていくのか? 楽しそうでしょっ。

この企画のために神様が用意してくれたとしか言いようのない白銀の世界。 地元でも珍しいほどの吹雪の中、運動場で雪合戦をし、かまくらを作り、もちつきを楽しみ、お母さんたちの作ってくれたおいしいおでんに感激し、また雪合戦し、かまくら作り、走り回った夢のような一日。

今考えてもパラダイスそのものでした。   もう二度とないでしょうね。  あの環境は・・・

そして地元の方々との手紙のやり取り。   

人間に生まれてよかったなあと思います。 人間にしかできないことを体験できる喜びは格別です。 人間であったことを思い出させてくれますから・・

そんな一日の報告書です。

 

寒中!あいキャンまつり

                                                                                                    日時:2011年 2月12日(土)

                                                   場所:久万高原町立父二峰小学校 

 【目的】

冬シーズンにも、キャンパー・保護者・スタッフの交流の場所をつくる。地域の方や一般の方も自由に参加できることで、広報活動に繋げる。

【参加者】

(キャンパー・家族)

きらり・すみれ・ケンシロウ・たっくん・あっくん・きらり兄・ケンシロウ父・あっくん母

あっくん兄・あっくん友達 (計10名)

(スタッフ)

マージン・パックン・もつ・ぐりこ・のぼさん・クリぼー・たこ・マギー・りきゅう・ジョーズ

パラッパ・にこ・シャララ・りん・ジョナサン (計15名)

(ボランティア)

リロ・はなぞの・しゅず・カチュ・ターボ(愛大生ボランティア)

(協力者)

父二峰小学校関係者の皆様・父二峰小学校の子ども達・父二峰地区の皆様

 

【内容】

930 父二峰小学校到着・ 打ち合わせ・ 準備開始

1000 受付

1200 昼食(おにぎり・おでん・お餅・ぜんざいなど地元の皆様の手作り)

1400 片付け・地元の皆様へお礼

1500 父二峰小学校出発

   基本的に自由な時間であり、各々が思い思いに遊び、地元の方とも餅つき等を通して交流した。

 

【振り返り】

   地元の子どもが「今までで一番楽しい雪遊びだった」と言ってくれた。

⇒地元の子ども達にとって、自分達のような"お兄さん""お姉さん"と交流する楽しさ、その価値に気付けた。老若男女いろんな世代が集まることでできる世界があった。

   あいあいキャンプ側の子ども達が、初めは地元の子ども達ととけこめていなかったのではないか。

⇒一人ひとりペースがあるので、見守るということも大切。最後は一緒に遊べていた。

   小さな地域のつながりや関係を見ることができた。

   道路の凍結で小学校に着く時間が遅れて、校長先生の方から心配の電話があった。

⇒こちらから連絡をするべきだった。

   子ども同士の遊びの延長から、悪ふざけになる部分があった。

⇒スタッフは見守ることも必要だと感じた。

   寒中イベントとしての目的は果たせていたのだろうか。

⇒以前は「年度のキャンプの振り返り・展示」など外部発信メインだったのが、「冬しかできないキャンプの実施」と活動的になってきた。

⇒次年度キャンパーやスタッフの勧誘という点では、以前の外部発信というやり方でなくても、地域の方などとコラボレーションすることで役割を果たせていた(実際、数人の方に、今回のイベントに参加したことであいあいキャンプに興味を持ってもらえた)

   今回のような場所・内容で、本当に良かったのだろうか。キャンパー、保護者にとってはどうだったのだろうか。実際の声を聞き、来年はどうするべきか考えることが必要。

⇒実際の保護者の声

  『雪道で車を運転するのは危ない』

  『子どもは行きたがっているが、仕事があり連れて行けないので参加できない』

⇒実際のキャンパーの声

  『寒くて体が動かない』

以上の振り返りから、今後どうしていくかにつなげることが大切。

 

【地元の方の感想】

『すてきなイベントをありがとうございました。初めて参加させていただいて、すばらしい取組だと実感することができました。「共に生きる世界」のあるべき姿の指標のような気がしました。十分なことができなかったと思いますが、楽しんでいただけたことに感謝しております。参加した子どもたちやスタッフも喜んでいました。私が特に勉強になったのは、若いスタッフが育っているということでした。どの社会でも若いスタッフのチカラが重要になります。あいキャンスタッフはとても輝いていました。』

 

『先日は遠隔の地父二峰までお越しになりお疲れであったと思います。せっかくお越しでしたのに吹雪の悪天候となり、心配しておりましたが、皆さんが雪が珍しいと寒い中長時間にわたり雪と楽しまれる様子を拝見し感心いたしました。また安心もいたしました。さすが若さでしょう。笑顔一杯で楽しんでいる子供たちを見て私も嬉しくなりました。また機会を作り来て下さい。お待ちしております。』

 

『山の学校は地域のつながりの中にある点で本当に子供にとっても親にとっても心強いものですが、反面本当に子どもの数が少ないし、広域に家が散らばっていますので子ども同士で「群れて遊ぶ」ということや、たくさんの人数の中で「かかわる」という機会には殆ど恵まれません。「あいキャン」のみなさんは親や地域の大人の目線ではなく、(たぶん)もっと子どもたちに近い大人の距離でかかわって下さっていたような気がします。仕事や学業のあい間にボランティアで社会と、子どもたちとかかわっておられるみなさんの姿に頭の下がる思いです。「人の心が景色をつくる」としたら、きっとこんな風に温度のある人と人の交流から懐かしく心温かい故郷の景色が作られるのでしょうね・・・私も本当に勉強になりました。』

 

『この前の「あいキャンまつり」では貴重な経験をさせていただいてありがとうございました。ぼくは、この久万高原に住んでから毎年雪遊びをしてきましたが、今回みんなでやった雪遊び(雪合戦)が生まれて1番楽しかったです。特にたこさんや大学生の方などと遊ぶのが楽しかったです。本当にありがとうございました。

またぜひ父二峰であいキャンまつりのみなさんとやりたい気持ちでいっぱいです。またやりましょう。

ほかの父二峰の子供にこの日のことを話すと「あーあ、行けばよかったな~」と言っていました。

明るく、いい人ばかりでした。一人ひとりの顔を思いうかべるとあの日の思い出が頭を横ぎります。いい思い出になりました。これも皆さんのおかげです。ありがとうございました。』

【以上】

 

 

 

立て続けのあいキャン報告書にさぞかしうんざりでしょうが、これには訳が・・・

7月に入ると今期のプレキャンプが始まるもので・・     それまでに前期の報告は終わらないと・・

 

ということで本キャンも無事終わり、しかしその後のミーティングでは辛辣に本キャンのすべてを振り返りながら来季に向けての改善点を洗い出していきます。 これはこれでかなりきついものであります。 若者たちも終わったことにもかかわらず、しかもそこで初めて私からの厳しいチェックにさらされるわけでございます。 居心地はさぞかし悪いものでございましょう。。 しかし敵もさる者、このあたりの時期になりますとお顔を見せなくなるスタッフがチラリホラリ ・・   まあそんな方々に限って聞いておくべき内容なのですが、毎年こんなもんです。  それでもきちんと毎回この振り返りを大切にするスタッフもおり、大体においてこのメンバーが来季を背負っていく構図が見え隠れしてくるものなのです。

そんな日々を送りながら季節はいつの間にか冬に移り変わり、今度はクリスマス会の準備に追われているのです。 このイベントは夏だけでなくまたみんなに会いたいというキャンパーや保護者の方々からのリクエストにもこたえる形で、なおかつスタッフの気持ちも重なり合い生まれた代物です。

これも毎回趣向を凝らしながら一日を夏の振り返りとともに再会の喜びに浸れるひと時になるわけです。 私がそれまで撮りためたビデオを子供たちにプレゼントするためにどえりゃあ苦労の末編集したものをこの日に間に合わせるために休み返上で頑張って作り上げ、これまた人数分DVDをコピーするのにどえりゃあ時間を消費しながら準備します。 もちろんスタッフも手作りのプレゼントを作ったり、飾り付け当の準備や練習に奔走しています。 そして当日みんなで懐かしのシーンを笑いながら振り返り、苦労を思い出したり、涙ぐんだりしながら過ごしていくのです。 

このクリスマス会の報告書は以下の通りです。

クリスマス会

                                                                                                       日時:2010年12月11日(土)

                                                   場所:Create  Space  Seed    

【目的】

  キャンパー・保護者・スタッフ・サポーターと共に、今年度の活動を撮影したビデオ鑑賞をしながら

キャンプ中の様子を思い出し、参加者同士で共感し合う。

 

【参加者】

(キャンパー)

きらり・すみれ・バクフーン・龍仁王X・サウンドウェーブ・ゴセイジャー・ヒーロー・ドラミ

たっくん・ガチャピン・あっくん・ゆっぴ・サスケ (計13名)

 

(スタッフ)

マージン・もつ・ぐりこ・マギー・まりん・ムスカ・しば・りん・クリぼー・のだめ・のぼさん

とらさん・こてつ・たこ・クレオ・シャララ・パラッパ・にこ・ハング・ウーバー (計20名)

 

(サポーター)

ことレツ

 

(ゲスト)

のりーん(アカペラ演奏)・じゅんこちゃん(詩の朗読)

 

【内容】

1230 スタッフ集合、会場準備

1300 受付開始

1330 クリスマス会開始

1340 ビデオ上映

1530 ビデオ上映終了

         名刺渡し

1545 アカペラ演奏『to you

詩の朗読『天使の着ぐるみ』

1625 クリスマス会 閉会式

クリスマスプレゼント渡し

1635 写真撮影

1645 クリスマス会終了・会場片付け

1700 クリスマス会 振り返り

 

 

[準備]

   様々なクリスマスプレゼントの案が出たが、これまでにはないものを、あいあいキャンプオリジナルとして、キャンパーに喜んでもらえるものは何か・・・を考え、各自に配るプレゼント(名刺も含む)とクリスマスツリーに飾るオプションプレゼント、エコバックを作った。

   今回出された各自に配るプレゼント以外の案については、クリスマスツリーに飾る飾りとして採用した。当日、キャンパーに好きなものを取ってもらえるオプションのプレゼントとして会場に設置した。

   エコバックはスタッフでデザインを考案し、投票により2種類を決定した。

 

[当日・受付~開始]

   司会は、はーと・ねっと・くらぶのホームページのキャラクターである、チャッピーとピョン吉に扮装して登場。キャンパー達を楽しませるために声色を変えながら、キャラクターになりきって進行を行った。

   ビデオ上映をクリスマス会で行う意味を説明した。

   ビデオ上映終了後、キャンパーにビデオの感想を言ってもらうために(休憩も兼ねて)思い出す時間を取った。

   ビデオの感想を言ってもらった。その際、キャンパーの思い出を引き出すような投げかけを行い、キャンパーの変化をキャッチして対応した。

   名刺渡しについて。今回のプレゼントの魅力の一つでもある名刺の意味について確認した。この名刺は、単なる名刺ではなく、キャンパーがはーと・ねっと・くらぶの一員である証でもあるということ。名刺をプレゼントする投げかけを工夫することで、キャンパーが来年度のあいあいキャンプに、友達を誘ってくれるツールにもなるということ。自分たちにとって大切な友達に渡すこともできるということ。それらを含め、(キャンパーにとっての大切な友達・つながりを大事にする気持ちが生まれる要素のある名刺だからこそ)ビデオ上映が終わって全体が一体感に包まれている雰囲気の時に渡した。その際、10枚しかない名刺を、10人の大切な友達に渡せるような説明を司会にしてもらった。

   アカペラ・詩の朗読では、騒がしかった会場が静けさに包まれ、全員が聞き入っている姿があり、保護者やスタッフでは感動して泣いている人もいた。

   プレゼント渡しでは、サンタクロースとトナカイの衣装を着て、鈴の音と共に登場した。

   サンタクロースが名前を呼んでキャンパーにプレゼントを取りに来てもらい、トナカイがプレゼント渡しのサポートをした。

   プレゼントはエコバックに入れて渡したが、その際、キャンパーに2種類のうちどちらのデザインのバック良いか選んでもらった。

   写真撮影の後、チャッピーとピョン吉、サンタクロース、トナカイは鈴の音と共に退場した(サンタクロースとトナカイが旧中津小学校にプレゼントを届けに行くから、そのついでにチャッピーとピョン吉も送っていくという設定にした)。

   締めの言葉、ツリーの飾りの説明をして、キャンパーにツリーからプレゼントを取ってもらい、キャンパーと保護者は解散した。

[全体]

   手作り感あふれる素晴らしいクリスマス会になった。

   あいあいキャンプのキャラクターも登場し、子どもたちの視線は釘付けだった。

   キャンパーと保護者さんが一緒に作った蒸しパンをみんなに差し入れてくれて、みんなはとても美味しそうに食べていた。

   会員名刺をもらったキャンパー達は、さっそく交換して盛り上がっていた。

   プレゼントをもらったキャンパーは、嬉しそうに中身をチェックしていた。

【以上】

 

またしても 、 である。   

先週土曜日は例の自宅スッカラカン作戦に従い、私にとって不要になったものを必要のある人にお届けするために荷物を積んで配り、 からだメンテのためにかかりつけの井伊接骨院で超音波治療器君による非常な激痛に耐え(しかしそのおかげですさまじい回復をしているのだが・・)、その痛みを引きずりながらはーと・ねっと・くらぶ三役会をこなし、その後マーブルデーでまたまた懐かしい友や、いつもの友たちと歓談を繰り返し、気づけば翌日になろうかという時間。。 マーブルさんゴメンなさい。

して、 翌日曜日朝はかみさんと例の由良野の森へ。

由良野の森で全国リレーの「アレクセイと泉」のチャリティー上映会なのでありました。 ベルリン国際映画祭ベルリナー賞などを受賞した この作品、『どこへ行けというのか。 人間が汚した土地だろう』 チェルノブイリ事故現場から近いベラルーシの老人、アルカジイ・ナポーキンさんの言葉。

ナポーキンさんにこういわれた、本橋監督はこの後、30回以上放射能汚染地域といわれる旧ソ連の村に通い映像に収めた作品です。 先祖から繰り返される営みのまま、今もあの汚染地帯に暮らしている人々がいる。 しかし、汚染されているはずの唯一のわき水は放射能は検出されていない。 その奇跡の村で生き続ける人々の姿から見えるものは ・・・

映像のままに、 しずかに、 しずかに   染みいります。

管理人の鷲野さんの友人からの震災チャリティーイベントです。 

DSC01649.jpg DSC01659.jpg DSC01673.jpg

終了後、由良野の会場に準備されたテントの中では何やらおいしそうな匂いが・・   これも鷲野さんご夫婦の友人たちによる素晴らしい臨時レストランです。  カフェもあります。

まんがら農園という自然農法に挑戦されているご家族とお仲間によるビビンバと冷麺をいたただきましたが、材料も素晴らしいし味も最高、おまけにひき肉だと思っていたのが高野豆腐を加工したものだと知りまたびっくり。 スゴイ手間暇をかけ心と体に優しいものを作っておいででした。 まあ普段はお百姓さんですからこの日頂けたごちそうは幻といっても大げさではありますまい。。 このご夫婦の考える農業とは、

"愛媛県西条市、四国山脈と瀬戸内海を遠くに臨む南東に開けた山あいにまんがら農園はあります。
 2004年、大阪より移り住み、荒れ放題(木まて生えていた!)だった段々畑を開墾。2010年で7年目に突入します。 現在の農園は畑5反、田んぼ2反、果樹園2反、きのこ林と竹林という空間で、ヴィパッサナー瞑想を生きていく上での技として、自然農法(不耕起・草生・無農薬・植物性肥料)の季節の野菜や加工品の宅配をしながらの自給的農業生活の途上中です。 生活のバックグラウンドとしてこんなことを考えています。。。
「世の中で起こるほとんどのことは人の思い、意識のあらわれ。どうしたら自分がそして生きとし生けるもの全てが幸せに生きていくことができるのか?」・・・ "

こんな感じの野満さんご夫婦です。 おいしさと安心が伝わるでしょうか?

DSC01661.jpg

して、 午後からは由良野名物「人間学講座」。 第9回は今治看護学校で哲学の講師をしている高安伸子さんによるシュタイナー教育についてのお話会でした。 ご主人のお仕事の都合でドイツにおられた折にご子息をシュタイナー学校に通わせられ、その時に感じたことなどを交えた報告会でもありました。 この教育の詳細はネットにお任せいたしますが、事実に基づくお話の中からあいあいキャンプにも通じる数々のヒントをいただきました。  

心のありかを脳と神経に求める事から知識偏重教育に偏り、わかっていても行動できない人が生まれる というご説明や、学校は何よりも人間を育てる場所である、 友達と一緒に学ぶ(プロセス重視)の中から自然な助け合いが生まれる、 体を動かすという単純ではあるが出力する機会を重視する、 動物を飼育することで命を体感する、 一人の担任が8年間同クラスを受け持つ、 双子パンの思想、 風や光になる授業、 電器のない教室、 机のない教室、 天然蜜蠟のクレヨンと色鉛筆 などなど 。        面白かったです。

お話会の後もメンバーは庭の草の上に腰をおろし、初夏の風に揺られながら思い思いに会話を楽しむのでありました。   ただ、  この会話がどこかで聞いたような うちゅうやのてんしやのあせんしょんやの ・・       やっぱりここもかー、  ってな具合で、 私はなんともついていけないようなお話もありましたが、間違いなく素晴らしい人たちの集まりでございました。

この由良野の森のオーナーである光明クリニック院長の清水秀明氏ご夫妻にお目にかかることができ、院長先生のお考えに触れる事が出来たことは大変うれしいものでした。

由良野のHPの人間学講座に清水氏の発表もご紹介されていますのでご参考下さいませ。 感銘を受けると思いますよ。  http://www.yuranonomori.jp/

 

そんなこんなでまたまた二日間ぶっ通して脳に刺激を与えてしまった私はそれから知恵熱にうなされ、本日軽い片頭痛でございます。

アホな凡人はあまり勉強しすぎない方がよろしいようです。。   来週こそはちょっとだけバイクにのるぞーーーーーー。

DSC01679.jpg DSC01682.jpg

 


 



 

さて、怒涛のごとくではありますが1年過ごしたような気分の3泊4日の本キャンも終わり、無事子供たちを保護者様にお引き渡しした後、恒例の星ヶ丘温泉千湯館の湯船につかりながら、まるで夢か幻のように感じる本キャンをしばし振り返るのであります。 この時の何とも言えない安堵感、高揚感、達成感、幸せ感、感謝感というものは10年繰り返しても決して色あせるものではありません。 それどころか益々その「感」が大きくなっていっているのです。 理由はわかりません。 

そしてお風呂の後は隣の宴会場にて打ち上げをやらせていただいています。 まさに「鉄は熱いうちに打て」のごとく、若いスタッフもそうでないスタッフも同じ釜の飯を食らい、共に汗を流し、時に涙も流し、失敗に肩を落とし、仲間の肩を抱きなぐさめ、手を取り合い勇気づけをし、なんだか一つになった気持ちを「今という時」にお互いに打ちつけ合うのです。 一生抜けないクサビを打ち込むかのように・・

この時点でこのメンバーは募集説明会で出合ってから4カ月ほどしかたっていないのですが、それがどうでしょう。 何十年来の友による同窓会のごとく話に花を咲かせているではありませんか。 この光景も10年見続けて参りましたが素晴しいものであります。  「人は本質的に変わらないものを持っている」 を確信出来る時であります。 

ではここらで少し報告書に掲載されたスタッフの感想文集をご紹介してみようと思います。 数名分のご紹介にとどめますが、さてお楽しみいただけるかどうか?

 

GS(グループスタッフ)

キャンプネーム:りん

 「りん」という素敵な名前をいただいてから1年間、あいキャンという非日常が私の中に入ってきました。それはとても魅力的で、私の世界を大きく変えてくれたように感じます。

 2010年度、GSをやらせていただきました。スタッフとしてとして右も左も上も下も分からない、アウトドア経験も無い私はプレキャンプでもすぐ火を起こすことが出来ませんでした。

キャンパーを疲れさせてしまったのではないだろうか、

どんな"気付き"を持ってもらえたのだろうか、

一体、私に何が出来たのだろうか、、、 と考えてばかりでした。

けれど、キャンパーが発する言葉を反芻してみると、少しは何か感じてもらえたのではないかと思うのです。

 アフターキャンプの帰り際、プリキュアが「ばいばい」と言ってくれたことは絶対に忘れられません。とても小さな声だったけれど、その言葉を聞いた瞬間、嬉しさのような感情が湧き上がってきて(今でもうまく言い表せない)、泣きたいけど笑っていたいというような不思議な状態になりました。

私がやってきたことは間違いばかりだったけれど、少しは何かになれたのかもしれないと思えました。

1年間、とにかく楽しかったです。自分で考えて行動しなければならない、勿論、責任も伴っています。そんな状況で、悲しい想い・悔しい思い・不甲斐なさを感じることがたくさんあったけれど、それよりも充実感の方が勝っています。

「自然と感謝」というテーマの中で過ごしているうちに、「ありがとう」と言うことが多くなりました。キャンパーに、保護者のみなさんに、スタッフに、心からありがとうございます。何かのご縁で出会えた全てのことに心から感謝します。

 

「そこにキャンパーは居るか。」

1年目の私には相手に対する思いやりというものが明らかに少なかったと思います。

この言葉を胸に留めて、2年目は活動していきたいです。

反省と課題は山積み。しかし、これは私にとってのたからものです。

 

 

あいあいキャンプ報告書2010

GS(グループスタッフ)

キャンプネーム:のだめ

これぞ真夏の暑さ!!というなかで、今年のあいあいキャンプははじまりました。

今年も宇和島の短大に行っているため、なかなかミーティングに参加出来ていないままでのキャンプ・...正直、不安だらけでした。

本キャンプまでの日は、プレキャンプで1度あった子どもたちのことを思い出しながら、11日を過ごしていきました。今年のキャンプはどんなキャンプになるのだろう...不安の中に、期待も少し...。

 

本キャンプ当日、キャンパーが次々に開会式の会場に到着します。今年は、チーム名:ドラゴンのGSということもあり、開会式に参加し、キャンパーと一緒にバスに乗ることになりました。

バスでは、バスレクや歌でとても盛り上がりました。1日目は、GSの力量不足でグループが全くまとまらず、仲の良いキャンパー同士...または、キャンパーとスタッフという関わりしか持てませんでした。

 

2日目、どうしたらキャンパー同士が関われるのか...悩みに悩みました。そして、私なりの答えにたどり着いたのです。それが、歌です。キャンパーのなかに歌の大好きな女の子がいました。その子と一緒に部屋で歌を歌っていると、「俺、この歌歌いたい!」と声をかけてくれた子がいました。さっきまで、「うるさい!」と言っていたキャンパーでした。そのうち、2人の歌声が辺りに響きわたります。そのとき、私は歌の凄さに気付かされました。もしかしたら、歌によってグループがまとまるのではないか...それから、なるべく声を出して歌っていくと本当に少しずつですが、ドラゴンがまとまり始めました。2日目は夜にバーベキューをしました。キャンプで1番やりたい事:バーベキューと書いてくれたキャンパーがいたので、みんなに提案すると、「いいよ!」「僕もやりたい!」という意見をいってくれたので、早速準備を開始しました。みんなで一緒に楽しくできてとても盛り上がったので、本当に良かったと思います。

 

3日日、スタンツを考えなければならないということで、みんなで1回集まって話し合いをしました。決まったものは、漫才!司会進行の元、漫才をして途中と最後にみんなで歌を歌うということになり、早速準備にとりかかりました。漫才はあらかじめ考えていたようで、何回か通すことができ、通していくうちにドラゴンの絆がまた少し深まったように思います。キャンパー同士の対立も何回かありました。しかし、話していくうちに仲直りしたりと繰り返すことで、どんどん伸が良くなっていくことに気づきました。対立...喧嘩はダメとこちらが勝手に決めつけてしまっていたら、このことに気付かず、絆もそこまで生まれなかったかもしれません。3日目はたくさんの大切なことに気付いたとてもかけがえのない日になりました。ただ、キャンパーの休講管理をもっと考えて動く必要があったと感じました。

 

4日目、最終日の朝食は、みんなで作ろうと撞案しました。しかし、キャンパーがそこまでのってくれなくて、成功したとは言えない朝食になってしまいました。今回の失敗の原因は、キャン

パーのキャンプなのに、スタッフが決めてしまったことにあると思います。出来上がりは美味しかったが、果たしてみんなは楽しかったのか...キャンパーが自ら合同でご飯を作りたい!と言えるような環境が作れるようにするべきだったと思います。その後、片付け、掃除...スタッフの炊き出し、そうめんを食べました。グループを超える交流が広げられており、なんでなのか分からないのですが、感動してしまいました。

 

3年目のあいあいキャンプ。まだまだ分からない事だらけですが、たくさんの気付きを見つけて、少しずつ成長していきたいと考えます。ドラゴンのGSとして、34日過ごして苦労もたくさんあったが、それと同じくらいの気付きに気付くことができました。その気づきを大事にして、次に活かしていけたらと思います。そして、キャンパーが主役のあいあいキャンプ、それぞれがなんらかのものを感じてくれていたらいいなと思います。今年のキャンプが、キャンパーにとってもう1回行ってみたいところになっていればいいなと思っています。

 

このメンバーで最初で最後のキャンプ、参加出来て本当によかったと思います。みんな大きな怪我もなく、無事に帰ることができました。

 

最後に、ドラゴンのキャンパーとGSのみんな、シェルクリスタルとキラハピチームとファイヤーグリーンのみんな、MSのみんな、PDのパックン、MDのまりん、CPのマージン、キャンパーを送り出してくださった保護者のみなさん、今年のキャンプに関わってくれた方々、本当にありがとうございました。

 

 

スタッフ報告書

GS(グループスタッフ)

キャンプネーム:ジョナサン

「はーと・ねっと・くらぶ」一年生のジョナサンと申します。

入会当初、初めてのボランティア活動で、専門の知識も無く不安でしたが、今は経験・知識が無くて良かったと感じています。それは私自身、枠を持たず一つ一つの体験をありのまま「気づき」として理解できたからに思います。

 

当初「ボランティア・障がい...」の言葉を、サポートする側・サポートされる側と勝手に位置づけしていました。振り返ってみればまったく違う事をイメージしていたように思います。

実際に関わっていく中で、サポートする側と思っていた私達スタッフにも、それぞれに抱える悩みがあり、それは目には見えませんが「障がい」のように思えました。その逆に子ども達には、年齢・性別・障がいも関係なく他者と関わり「繋がり」を理解していく姿勢がありました。

「あいあいキャンプ」は一人一人が主体者になれる場所。他者が自分で自分は他者になれる場所。それは日常的に溢れている場所にも思います。

 

一年間の活動を終えて、次の過程へ「繋がり」を見つけられたように感じます。それでも、期待することなく、いつか卒業する時まで自然に気づき成長できればと思います。

子ども達を送り出していただいた保護者の皆様、支えてくださる方々、スタッフのみんな、本当にありがとうございました。

 

 

スタッフ報告書

GS(グループスタッフ)

キャンプネーム:しば

 大学で何か新しい事をやってみたいという気持ちでこの団体に入って、様々な経験をさせてもらいました。何をどのように対応していいかわからず、とまどいが多くあった1年間だったと、今振り返ると感じます。しかし、そうした中でも、健常者だけでなく、チャレンジド、そしてスタッフのみんなと触れ合うことで、感覚的なものであるが、世の中色々な人がいるなかで、みんなに優しく接していくことができるようになったのではないかと思いました。そして、誰にでも心を開いて話すことが大事であると、この約1年間の活動で学んだと思います。

それぞれの行事ごとに思い出しながら述べていくときりがないと思うので、端的に言うと、はーとねっとくらぶに参加したことによって、少しでも人間的に変われたのではないかと思います。この変化を来年度の活動にも生かし、キャンパー、スタッフを始め、このはーとねっとくらぶに関わる、多くの人たちと触れ合っていけたらいいなと思います。

 

  

あいあいキャンプ報告書

MS(マネジメントスタッフ)

キャンプネーム:ハチキン

 今年初めてあいあいキャンプに参加させていただいて、自分の中で大きく変わったことがあります。それは、私は大学で教育について学んでいるのですが、今まで教育とはこちらが何かを子どもになげかけて子どもたちが学んでいくものだというふうに思っていました。しかし、このあいあいキャンプに参加させていただいたことで、こちらが環境という形で子どもたちに場を提供することで、子どもたち自身での成長がみられるということが分かりました。子どもたちが自然に助け合っている姿を見たときは本当に驚き、びっくりした気持ちとうれしいような不思議な思いになりました。このときの気持ちは一生忘れないと思います。子どもたちには、大人が考える以上の無限の力があると強く感じるとともに、そのさまざまな力をもっともっとたくさん見たいと思いました。そのためにいろいろな環境を作っていくことができる大人になりたいという抽象的ではありますが、目標もみつけることができました。

 

 また、スタッフのみんなに本当にたくさんお世話になりました。私は、本キャンプの1週間前に不注意で事故をしてしまい、けがのため本キャンプに参加することができなくなってしまいました。突然の不参加で私の役割を他のスタッフに任せることになってしまい本当に迷惑をかけてしまいました。これまでミーティングにもあまり参加することができていなかったので、また迷惑をかけてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、スタッフのみんなからは温かい言葉をたくさんかけていただきました。これほど言葉によって気持ちが楽になったことはありません。言葉のもつ力の大きさにも気付かせていただきました。

 

あいあいキャンプから本当にたくさん刺激を受け、さまざまな視点を教えてもらいました。今年度は教えてもらってばかり、与えてもらってばかりの年になってしまったので、来年度は自ら考え行動し、あいあいキャンプでもらったたくさんのモノをさまざまな場面で還元することができたらなと思います。

1年間本当にありがとうございました。

 

先週の土曜日午後から自宅お隣に住むご夫婦よりのお誘いで、道後の山へたけのこ掘りへと出かけました。 久しぶりのたけのこ掘りでしたが、たけのこよりもその竹林の美しさにとても気持ちよく過ごさせていただきました。 地主さんからいろんなお話を伺いましたが、よく手入れをされた山は美しいものです。 お人柄がわかりますねえ。  
竹林以外の場所では様々な野菜類や木の実を育てられており、自給自足用だと思うのですがそこはお人柄ゆえ大部分は友人知人が貰いに来るそうです。 それでも楽しそうに語られるお姿を拝見し、この環境を作り、そして自身も作られていく循環の世界にあこがれる思いでした。
いいなー。

その後現在まで田中家はたけのこづくしの食生活を送っていることはご想像頂けますでしょう ・・・ 。

翌日曜日は朝からはーと・ねっと・くらぶの救急法講習。 松山市防災センターにて救命士の方々による実技講習です。 他人の子どもを預かる身としての自覚想起も含めての講習です。
DSC01605.jpg救命士さんによる夜勤明けのボランティアとして3時間みっちり指導していただくその姿は、この街から少しでも悲しいことから救われるチャンスが広がるなら労力は惜しまない という信念さえ感じさせる見事なものであり、それぞれの人の立場から見た世界観などもお話いただき、若者にとってはとても有意義な時間になったのではないかと思います。  イケメンの救命士さん、ありがとうございました。
DSC01610.jpg
DSC01621.jpg










さてそのあと昼飯をかき込んだ後は名物あいキャンミーティングです。
この日もこれからの各イベントに向けた担当リーダーからの素案を元に全員で改善していきます。
みっちり5時間はあっという間です。
DSC01633.jpg
私の脳みそは朝からフル回転ですが、さすがにお年のせいか?途中で2-3回空白がありました。 ほんまきついですわ。 若者20名と、彼らを尊重しつつも理念に基づく考え方を示していくというのは・・  すべてのプログラムがそうですからねえ。  すべては子どものため。  がんばろー。

とやりながら、 やっとの思いで終了後、 その日はseedのライブも並行して行われていましたのでそのままseedへ直行。 気心しれた常連さんなので任せることができるという幸せ。 信用という目に見えないものの偉大さ。 感謝です。 
そしてこちらも無事終了とありなりましてしばし若者と談笑の後、私は帰路に付くのでありました。
帰宅11時。

この日もいい一日でした。                

                     「ほんま?」 って、   誰か聞いて!







あれっ?  んー、 なんか足りんような ・・・

そう、 この本キャン報告書はあくまでマスプログラムのみについて書かれたものです。 実際はこのマスプロ以外のグループタイムこそがあいキャンの真骨頂といえるものなのですが、ここでは触れずに報告書終わりの各スタッフ報告書等にて多少触れられていますのでご参考下さいませ。 また私のブログの過去ログの昨年夏以降のエピソードシリーズの中でも私の目にとまった部分は触れています。

このグループタイムという代物はなんぞや?  という方にご説明するならば、全員、全体で行うマスプロに対して、事前に振り分けられたグループに主導権、主体性を与え、そのグループが考えたように行動することができる時間ということになります。 他の大体のキャンプ活動は終始マスプロに支配されやすく、緻密な時間割によりプログラムやスケジュールが組まれている場合が多いのです。

しかし、残念ながらこのスタイルでは自閉症や知的障害、身体障害の子供たちは当然健常児についていくことは不可能となり、ストレスばかりが募っていくことになりかねないのです。 そこで合同キャンプのあいキャンではクループに主体性を与えることで、それぞれのグループの状態、レベルに合わせたプログラムをつくり、遂行していくことが可能になるというわけなのです。 もちろんこれでもついていけないキャンパーもいますが、そこはスタッフがフォローしながらしばらくの間過ごしていきます。 ところがこのフォローしている光景なりを見たグループの健常児や手伝えるレベルのチャレンジドたちが次第にそれぞれの形でフォローし始めたりするわけなのです。 

この部分こそ、あいキャンの目的にある 「相互理解・相互扶助の精神育成」 ということになります。

目的の実現にはどうしてもこのグループタイムという仕掛けが必要なわけです。

同じ一日の時間を、あるグループはハイキングに行ってもいいし、お菓子作りをしてもいいし、泳いでもいい、お昼寝してもいい、食事にしたって一食丸ごと抜きで遊んでもいいわけなのです。 想像と創造が生まれやすい環境といってもいいでしょう。 キャンパーが主役ではありますが、そのまま丸投げしたのではなれない子供たちは動きが止まりますので、スタッフによる程よいリードが欠かせません。 もっともそれが難しいところではあり、スタッフの力量が試される場となるわけで、大概のスタッフは初日からある程度落ち込みます。。

そうやってキャンパーもスタッフも立場こそ違えども、それぞれのチャレンジを続けながらこのキャンプが作られていくことになるわけです。 

白紙の環境があり、小さなグループで考えることが許され、決めたことを何時間かかろうが実行することができる。 そしてその自分たちで決めたという喜びと責任を自然に肌で感じながら、共同体として、仲間として自他を少しずつ認めていく。

どうです? なかなかありそうでない環境だと思いません?

こうやって毎年毎年、少しずつ少しずつ少年少女は、青年たちは、「成長」していくのです。

 

 

 

毎日毎日様々なことがあり、スピード感あふれ、なお且つ内容の多様性に自身が一番驚いておる今日この頃でございます。

ほんまに地球の自転が早まってまっせ、皆はん。 ほんまついて行くのがギリギリですわ、 わたし。

詳しく言えないところがミソでっけど、まあこのすごさはだけど楽しおすなぁ。 こんなときを体験できることに感謝。

というところであいキャン報告書続きいきまひょか。

 

デイキャンプとは思えないほど仲良くなった参加者は、キャンパーも保護者もスタッフも、夏の本キャンを心から 「待つ」 楽しみへと今日の楽しさを変化させていきます。 あるキャンパーはこの日から本気で指折り数える日々が始まるのです。 保護者との会話は「あといくつ寝ると本キャン?」 という美しくも悲しい?そして懐かしいやり取りが始まるのです。

保護者抜きの、子供たちとスタッフだけの濃密な時間。  未熟者の、未熟者による、未熟者のための本キャンプ。  しかーし、 このキャンプこそ思いっきり自分と他人の可能性に触れられる信じられない宇宙なのです。  毎年毎年私は繰り返しこの宇宙旅行を楽しんできました。  会話もできない、通じない宇宙人もいます。 会話は出来てもうまく通じあえない宇宙人もいます。 会話は出来ないけれど不思議なくらい通じ合える宇宙人もいます。 その対象は皆それぞれ違います。 

すごいですよ。 そんな一見ハチャメチャでめちゃくちゃな世界が一緒に苦労しながら生活をしていると一つの宇宙に変容していくのですから・・・

こればかりは説明のしようがありません。 一緒にやるしかないのです。  準備期間を含めて築き合った人間同士しか理解できない、感じあえない代物なのです。

さて、ではその宇宙の概要は ・・・

 

本キャンプ

     日時:2010年8月19日(木)~22日(日)

  場所:久万高原町柳谷 旧中津小学校      

【目的】

 親元を離れた34日間自分たちで協力し合いながら自炊生活を行う。グループごとに任された自由時間(グループタイム)を過ごすことで、キャンパーのリズムを大切にし、それぞれの個性を出しやすくする。

 

【参加者】

(キャンパー)

きらり・ケンシロウ・すみれ・あいば・あお・マッキー・プリキュア・ピーチ・しょうごくん

ドラミ・はっぱ・ハーロック・ヒーロー・たっくん・なべ・さっちゃん・ゆみちゃん

ゴセイジャー・バクフーン・サウンドウェーブ・龍仁王X・たまひめ・おっきー・ガチャピン

ゆっぴ・あっくん・サスケ・カービィ (計28名)

(地元キャンパー)

 マダム・ウィッチ (計2名)

(スタッフ)

マージン・もつ・のだめ・マギー・りきゅう・ジョーズ・チューすけ・りん・たこ・ムスカ

ウーバー・ハング・まりり・シャミー・ジャワレ・とらさん・クレオ・とわ・うっさん

のぼさん・パックン・まりん・げんき・ジョナサン・しば・こてつ・リラ・にこ・パラッパ

チアリー・シャララ・セリカ・ミィ・キャシー・すず姉・らっきょ・ぐりこ (計37名)

 

【日程】


 

[日目]

8:45 集合・準備・打ち合わせ

10:00 出発式

10:20 バス出発

12:30 旧中津小学校到着

13:30 開校式

13:50 掃除・テント張り・グループタイム

20:00 歓迎キャンプファイヤー

22:00 就寝・消灯

 

[日目]

6:00 起床

6:30 おはようタイム

7:00 グループタイム

21:30 就寝・消灯

 

 

[3日目]  

 6:00 起床   

 6:30 おはようタイム

 7:00 グループタイム

19:30 スタンツ大会

22:30 就寝・消灯

 

[4日目]

 6:00 起床

 6:30 おはようタイム

 6:45 グループタイム

11:30 大掃除

12:00 昼食

13:50 閉校式

14:00  バス出発 

16:00 バス到着・解散式

16:30 解散


 

 

【振り返り】 (⇒以降の文章は改善点を記載)

[出発式]

・キャンパーの荷物に名前を貼るのに手間取った。

・受付をする人やGS以外にも、MSが3~4人必要。

 (当日GS→7人 MS→3人だったが、バス移動などの際、安全確認等のため必要)

・毎回、出発式の時間が押してしまう。

  ⇒何故時間厳守をしなければならないかをスタッフ全員で再度把握する。

   (平和通りにバスが止まるため、渋滞を招く恐れがあるため)

 ⇒タイムキーパーを作り、その人の指示でプログラム等進行していく。

・集合した際、先にトイレを済ますように伝えてはいたものの、なぜ早めに行っておくべきかを

  スタッフ間で共有しキャンパーに伝えられていなかった。

 ⇒出発式後の予備のトイレ時間を10分作っておく。

・キャンパー情報を元に、バスの座席表を作成したが、座席順に乗り込むのに時間がかかった。

     ⇒事前に座席表を保護者の方に渡し、保護者の方にも誘導の手伝いをして頂けるように呼びかける。

⇒事前にキャンパーにも座席表を見せておき、誰が隣に座るかなどの確認をしてもらい、キャンパー同士でフォローできるような体制を作る。

・早く先方にいるグループに追い付きたいと横断歩道を渡らずにバス乗り場に行ってしまった。

⇒遅れることよりも、キャンパーの安全(命)が大切。キャンパーはスタッフの動きを見ている。ひとつひとつの行動に責任を持つこと。

※アフターキャンプでキャンパー・保護者の方にお詫びをする。

・保護者の方より

『年々出発式が簡略されている』との意見有り。

『バスを松山市総合福祉センターの前に止められないか』との意見有り。

  ⇒まず片側一車線の道にはバスが止められないとのこと、また止める場合には警察に届け出るなどの複雑な手続きを要する。

 

[バスレク]

・楽しそうにバスレクに参加するキャンパーもいれば、寝ている子もいた。

・バス前方と後方とでの参加に温度差が大きかった。

  ⇒ルールが分かりにくい・説明が聞こえにくいといった理由が考えられる。

  ⇒本来バスレクは前を向いてるだけで良いレクであるため、これからはバスレクの概念から見直し、組み立てていく必要がある。

・ほとんどのキャンパーが水筒を持って来ているため、ジャグのお茶は必要なかった。

  ⇒今後はキャンパー・スタッフともに水筒を持ってくるようにし、ジャグは持ち込まないようにする。

・トイレ休憩において、運転手の方・キャンパーに場所を伝えておらず、違った場所に行ってしまった。

  ⇒事前に運転手の方には説明を行い(メモと口頭で)、役場の方には事前に挨拶をする。(今回止めさせて頂く際、挨拶が出来ていなかった)

 

[開校式]

・役割劇での注意事項の説明を、しっかりと聞いていた。

・許可証を配布するなど、グループ同士で代表を決める際に前後での温度差があった。

⇒GSとMSが中に入り、入ることができていないキャンパーに声を掛け合う。

⇒スタッフ自身が声を出せていないため、声を出す。

 (進行する人だけに任せきりにせず、全員で盛り上げていく)

・許可証の意味合いを全グループがキャンパーと共有できていない。これから『中津小学校』でのキャンプをグループで出来る証。これがあれば、テントも使えるし、プールやかまども使える...等、これからの本キャンプに向けての話が出来るであろう時間を無くしてしまった。

(キャンプ中も特に触れてないまま、粗末に扱われていた。)

⇒許可証の価値を大切にする。読みあわせを行うのであれば、それぞれが持っている

 本物の許可証を用いて、グループで共有する。

 

[歓迎キャンプファイヤー]

・井桁を組む上での必要物品が申し送られておらず、近所の商店の方に頂いた。

・トレーニングキャンプの時よりファイヤーキーパーを決めておく。

⇒井桁の組み方、灯油のかけ方・木のくべ方・火の点火の仕方など、より一層集中して取り組むことが出来る。

・マジックファイヤー(仕掛け)の火が付きにくく、予備の火も用意していたが、同時に仕掛けの火が付いた。(キャンパーは気付かないフリをしてくれた)

・仕掛けについて、充分なリハーサル・準備が出来ていなかった。

⇒マジックファイヤーを行う上で、毎年同じパターン。それに対しての新たな対策がないままであった。ネットなどで調べたり、準備をすれば演出はどのようにでも出来る。

・歌が多いキャンプファイヤーとなったが、歌詞カードを用意していたために、キャンパーは下の方を見ている子が多かった。

⇒キャンプファイヤーまでのグループタイムなどで練習をしたり、キャンパーも歌いやすい選曲を考える。

・全体的に音程がずれていて、寂しく聴こえる(音程が低い)

⇒年間通しての歌の指導・選曲等を考える"音楽リーダー"を設置する。

・プログラムをこなすことばかりに気が取られ、歌と歌との間にMCが少なかった。

⇒あの場所でしか出来ないこと(自然の音に耳を傾けるなど)をすることで、話す内容が増えていく。

⇒MCの部分に遊び心があることで、何倍も楽しくなる。

 スタッフは本物のエンターテイナーとしてキャンパーにも楽しんでもらうことが 出来る。このキャンプファイヤーはキャンパーが主体となる場がなかった。

[おはようタイム]

・目的を重視せず、ただしなければならないという義務感のみのものとなっている。

⇒身体を使って、血行をよくしてテンションをあげる。

⇒身体を使う前に声を大きく出すことにより、もっと身体が動きやすくなる。

⇒ラジオ体操のような意味合いがあるため、身体を動かして目を覚ますことが望ましい。

⇒スタッフ自身の知識がないため、情報を増やす。

・キャンパーが疲れている(あきている)様に感じた。

  ⇒プログラム内容、構成いずれもが複雑となっておりキャンパーが付いていけていない。

   (そういった状況にしているのはスタッフ自身であることを認識する)

  ⇒キャンパーたちが参加できて、楽しくなるものを作っていく。

・進行役のスタッフだけが雰囲気を盛り上げていた。

⇒全プログラムにおいて、スタッフ同士の助け合いが出来ていない。新スタッフにとっては進行など、強いプレッシャーがある。その中で経験者は助けようとしていなかった。

 全員が自分のことのように考えて行動していくことを第一に考える。

 

[スタンツ大会]

・スタッフがただの消化時間と思っている傾向があるのではないか。そのため、スタンツ大会のプログラムにおいて意識が感じられなかった。

・グループの中で少数意見としてキャンパーから劇がしたいという声があったが、それ以上に大多数が歌のほうがいいということで、歌の出し物になった。

⇒本来、スタンツ大会とは小劇場のこと。劇をやりたいという想いがあることは、キャンプに対して、意識が向いているということである。

 しっかり盛り立てていれば、いいスタンツ大会になる。

・スタンツ大会がキャンパー達にとって、最高の思い出になることを改めて認識しておく。

34日ともに頑張ってきた仲間とだから出来るもの。その過程も当日の一人一人の気持ちも大切なものとなる。

 

[閉校式]

・MSが後ろにいて、キャンパーが前にいるという場面があったが、もっとGSだけではなくMSもキャンパーの中に入り込めばよかった。

・メッセージカードはキャンパーだけではなく、保護者の方も喜んで頂けていたので良かった。

[解散式]

・台車があれば、重い荷物を運ぶのに楽である。

⇒現地待機スタッフが台車を借りて、バス停留所で待機する。

・ロビーで待っている保護者の方にわかるよう、《はーと・ねっと・くらぶ》のスタッフである目印を作る。(看板などで)

・1階のロビーではなく、部屋を借りる。(他団体・他者の迷惑にならないようにする。)

【以上】


 

5月の連休中に毎年行われる特異な空間がある。

京都市武道センターという大日本武徳会の演武場として明治31年に立てられた由緒正しき和風建築物で高段者のみの大会が開催されるのである。 

我が師匠、加茂功剣道教士八段も毎年通っている場所である。 師匠は最高段位の八段であるからいく必要はないように思えるが、実はその八段は三つの称号に分かれている。 錬士・教士・範士 という風に位分けされており、一見大した差はないように思えるかも知れないが、錬士から範士になるまでに数十年を費やすことも珍しくない、 というか普通であるのでいかにこの世界が深遠なものか少しはご理解いただけるのではなかろうか。 中には80歳90歳で挑戦し続けている方もいらっしゃる。  そう、 死ぬまで修行の世界を用意してくれているのである。 しかも全国を代表するツワモノだらけ(八段どうし)で試合をするのである。  その名を剣道称号審査会という。

師匠は現在教士なので最高位の範士を目指し続けて日々修行に励んでこられているわけで、教士になられてからすでに7年くらいたっておられるはず。  その試合の緊張感たるやぺーぺー以下の私なんぞ想像すら出来ないわけですが、その試合でみごとに一本勝ちされたそうです。

しかし、 しかし 審査は別問題。    げに恐ろしき世界なり・・   です。

が、 師匠はそのためだけに参加しているわけではありません。  

師匠は言います。 「自分は田舎者である。 東京や京都、大阪には全国から集まったハイレベルの剣道家が常にいる。 その人たちは常に自分よりレベルの高い人と試合ができる。 すなわち向上成長の機会がふんだんにある」 と 「だから自分はこの場所で試合をすることにより、全国レベルの中の自分を知る機会になる」 のだと。    だからこそ期待と不安で緊張もするのでしょう。

しかし、70歳の師匠は確認をするのです。 「まだまだいける・・・ 私のピークは80歳だろう」(複雑笑)

師匠は言います。 「私は松山にいるときは最高段位者だからそれ以上の人と竹刀を交えることはないが故不安にも襲われることもある。 しかし、誇れることがあるとすればどんなに年下の者であろうが、格下の者であろうが、その人のレベルに合わせたなかで一切手を抜かず、気を抜かずにやり通してきた。 そのことはしかし自分よりハイレベルの者とやることと同じことではなかったか?」

 

この言葉を聞いたとき、  しびれました。

たとえどんな相手であろうが、気を抜かず、手を抜かない。 すなわち本気でやり続ける。 相手をそれだけ尊重している。 それがすなわち自身をも尊重していることになるのではないのか?  形の指導を2年以上受けて参りましたが、紛れもなく私たちに対しても毎回本気です。 一瞬たりとも気が抜けた姿を見たことがありません。 一度たりとも姿勢が崩れ猫背になった姿を見たことがありません。 一度たりともこれくらいでもういいかと指導を諦めたことはありません。 ずっとずっとずっといつもいつもいつも本気なのです。 一緒にやっている子供に対しても。 

 

本当に稀有な存在だと思います。 ほとんど毎週末県内のどこかで行われている大会や試合にボランティアで参加されていますが、その間一日を通して姿勢が崩れることはありません。 子供のころから見てきた姿を思い出してもまさにそうなのです。 師匠は意識をしているといいます。 「しんどいけど我慢をしていい姿勢でいる」 といいます。 誰がいつ見ても、見られてもいい姿勢でいることで剣道の世界を伝えたいという思いに溢れているのです。 このような「生きざま」のお手本が目の前にいてくださるということが、いかにありがたいことであるか ・・・

特別な時にだけ特別なことをして何とはなしにうまくクリアーしていくのではなく、誰が見てようが見ていまいが常日頃よりいつだってそういう生きざまで生きることによって初めて、田舎者かも知れぬが誰にも負けない、 言いかえれば自分に負けない人となれるのではないのだろうか?

比較的上手に短期間に昇段していく人もあることは事実だけれど、 そうではなくゆっくりゆっくりかも知れないが真に確実に人としての道、あり方を自他を含めて見せていただいている今の師匠が大好きであるし、 心から尊敬する所存であります。

ありがたいご縁をいただいている私の人生に、ご先祖様に ひたすら感謝申し上げ奉ります~ 。

 

 

 

幻ライブ

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨日は夕方前くらいにかかりつけの接骨院「井伊接骨院」に行ってきました。  この連休中の酷使のおかげでガタガタになった身体を調整していただきに行ったわけです。   案の定、股関節を初めいろいろきてました。 ありがたいことです。 見てくださる方がいるということは・・   この井伊院長さんもかれこれ面白い方です。 宇宙あり波動あり・・ といえばピンとくる人はピンとくるでしょう。 すごいですよ。 時々マーブルデーにも来てくれますので要チェック。

 

さて、実はその後の夜にメインイベントがあったのです。  それはフレッシュリーブス地下1階 「sing out」 の一周年記念ライブ。

DSC01514.jpg店長の隅田氏は名だたる音響エンジニアとして活躍されてきたのは前にもご紹介しましたが、それ以外にもいろんなお顔をお持ちの方です。 その一つに「祝谷トランスファー」というその筋では超有名なアカペラバンドのメンバー兼、アレンジャーとしての顔があります。 jazzをかじったことのある方ならばなんとなくおわかりのことと思いますが、 そうあの世界的アーティスト「マンハッタントランスファー」にちなんで命名されたバンドなのです。 このバンドは私と同業の社長さんが創立して以来、もう20年を軽く超えている老舗バンドでもありますが、メンバーの音楽のレベルも一人一人が高いものをお持ちでなおかつ継続という最高の武器を手に入れられている訳ですのでそんじょそこらの若いしが束になってかかってもかなわないのであります。 

しかし、もう還暦が近いメンバーも半数(2名だけど・・)おり、それまでの子育てや仕事の合間に無理をせず続けてきたものでしょっちゅう何時でも聞けるバンドではなかったのです。 そのことが神秘性さえ感じさせる要因にもなったと思うのですが、当の本人たちにはそんな意識はございません。 昔からのファンだけでもかるく数百人以上いますのでその気になれば1000人くらいのライブは出来るのでしょうが、昨夜はあくまでsing outでのライブにこだわった店長隅田氏の思いが分かっていただけにこの日の彼の幸せそうな表情をみているだけで私まで幸せな気分でした。  一人ひとりのメンバーのパートの譜面書きも隅田氏の役割ですが、この日のために精魂込めて編曲したことでしょう。  限定約50名の大入り満員のみなさん、幸せでしたね。。

 

DSC01548.jpg DSC01546.jpgして、その内容は ・・・

1部 japanees song、 2部 洋楽、 3部 jazz という構成で休憩込みで2時間半。  メンバーが高齢者入り口付近なのでおしゃべりと休憩は必須です。。

それにしても、  それにしても  4人の人間だけで生み出される「声」だけで、 なぜこんなに豊かな世界が作れるのでしょう 。    美しく せつなく いとおしく 喜びに満ち溢れたあの時間は  恐らくメンバーひとりひとりのそれぞれ数十年という人生の体験と思いと努力が生み出した魔法だったのでしょう。   正直に 感動した。   マントラより感動した。。

 

オープンから1年。 またひとつ伝説のお店に育っていく 「予・感」  。

隅田店長さん、メンバーの皆さま、 お疲れさまでした。       そして ありがとうございました。

 

 

DSC01550.jpg 

残すもの

| コメント(0) | トラックバック(0)

おぉっ ~ 。  なんか久しぶりにこの画面に帰って来たなー って感じです。  それもそのはず、パソコンはおろかテレビ・新聞もほぼ1週間見ずの生活状態でしたから・・

身内の所有する、誰も住む人のいなくなって7年経つ県外不動産売却の交渉とその家屋内の物品整理と引っ越し手配とその梱包作業に追われながら、法事の準備と親族を迎えてのその行事実行。 親戚宅へのご挨拶という具合に朝6時からの作業に明け暮れた連休でございました。  連休渋滞の中の片道600キロの車での往復を兼ねた今回、さすがに中年おいさんには後遺症が残るようで昨夜松山着ですが本日はクタクタです。 

以前より思うなかに、故人が生前使用していたものの処理処分について、思い出や故人の遺志などを、残されたものがそれなりに考えたり、思いこみながら進めていくわけですが、故人にとってはもはやその道具は必要なく恐らく何の未練もためらいもないと思うのに関わらず(何せあの世には何も持っては行けませんので)、なぜか残された人はその人なりに思うことを形に見ようとするものだなあ ということがあります。

したがってついついあれもこれも残しておこう、残しておきたいということになるのでしょう。 いえ、けつして否定したりしているのではありませんよ。 でも、私は自分が死んだときのことを想像するのです。 はたして私が生きてきた今日までは様々な物品たちは私にとって少なからず必要かつ、喜びさえも与えてくれた存在であったわけですが、遺された者にとってそれはどのように映るのでしょう?

ありがたやありがたやと映るもの、迷惑なこっちゃと映るもの、どう処理していいのかわからないもの、軽蔑されるもの ・・・・・    あぁ~  、 おいちゃんいろいろ考えちゃうのよねー。

私が買って来たものは、生きているうちに私が処分する。 なんとなくそんな気持ちが大事なような、 そんな気分が実は数年前から続いているのです。 5年くらい前に物が溢れすぎるという気持ちにいたたまれず家族を無視して物品の大処分を決行したのが始まりで、それからも物には敏感であろうという気持ちを意識しながら過ごしてまいりましたが、あの時まだ残されていたものが実は多々あるわけでして、このたびの行事を通してもう一度思い出したその気持ちを本日一日形に表すことができました。 

また捨てました。 というか、必要としているところへお渡しするといいますか、まあ誰が何を必要としているかはわかりませんので私が回りの人々を想像し、これはあの人のところでは?  という物品を仕分けていくのです。  その人がいらなければまた考える。 最後に捨てればいい。

私の回りにはNPOやボランティア、福祉団体という具合に様々なものを必要としている方々もいらっしゃるのでいくらでも想像ができます。 捨てるものがまだ誰かの役に立つかも知れないということは嬉しいものです。  生きている間にどんどん配ろうと思います。

極論ですが、かの秋山好古が若かりし頃のたもうた「男子たるもの身辺は簡素たるべき、茶碗一つあればよい」 という言葉ではないですが、今の私には強烈な波動となって押し寄せてくるのです。

ということで、本日も疲労困憊の中ではありますが気になっていた部分の処理完了いたしました。

明日各方面に打診し、引き取り先を決定したいと思います。

 

まあ 正直にいえばお休中もひっきりなしにかかっていた会社からの転送電話の案件処理が明日から始まるので、  またこれが来週いっぱい続くので それどころではないのですが ・・    がんばります。。

 

では 捨てずに残すものとは何か ・・           

いくら私が悪いように考えるタイプで、準備を早めにするタイプでも、 まだ今は生きていることも事実なので、残すものは 「心ときめくもの」 「必需品」  の二点に絞り込みます。   心ときめくものが多すぎる人には意味ないですね。。