なんといえばいいのでしょう?
とにかく、 あいあいキャンプのビデオ編集(プレ・本キャンプ) がほぼ完了したのであります。
8月末に本キャンが終了して、まだ9月末だというのにです・・・
今までてんやわんやで年末ぎりぎりまであらゆる休日や、空き時間を使いながら必死こいてやってたのにです・・
なんで ? って感じなのです。
私、 何か変わったのでしょうか? 上達した? コツをつかんだ? 吹っ切れた? 憑き物がはがれた? んーーーーー、 不思議な感じ。
でもキャンパーと保護者さんのためにサービスでキャンプビデオ撮り始めて9年間(初年度は写真のみでした)、 誰に習うわけでもなく独学で試行錯誤の末に今日に至っているわけで、 その失敗の数を上げればきりがないほど ・・ (機材もなかったしねえ・・ 途中から家具のアイソウの薦田社長さんが高性能パソコンを提供してくれてからホント楽になりました。大感謝!)
でも一つ感覚的なことを言うなら、 始めた当初はこれでもかといわんばかりに数々のシーンを盛り込みたがっていたこと、 少しでも多くのシーンをみんなに届けたいとの思いだけで俗に言うコマ割りが多すぎる状態。 それがピークを過ぎると少しずつワンシーンが長くなってきたこと。 現実に流れる時間のままに見る人にも体験していただくことを自然に意識するようになっていったということでありましょうか? 作り事でない、ありのままの時間と姿を描写するにはその場所でずっと待ち続けるしかないのですが、いつ、どこで、そのことが起こるのかは誰にもわからない。
そのことが、ある時期から本能的というか、感覚的というか、なんとなくそこに導かれるような感じで移動し、そのシーンを納めさせていただくことができたりしてきたのであります。
したがって、 本音で申し上げれば私の力ではありません。 誰かの力です。(変な話になってゴメン) どこかできちんと説明しておいた方がいいと思うので、ここでしちゃいます。 でも特別変な話ではなくて、あまりに純粋な世界にいると(誰とも何とも比べない、あるがままを認め、価値を勝手に置き換えない) そんなエネルギーが普通に通い合うのではないのでしょうか? おそらく日常の中でも普通にあるエネルギーだと思うのですが、「気づかない」だけなのではないでしょうか?
なんとなく、そんなことをこの9年間の作業を通して感じさせていただくようになったのでした。
どんどんシンプルになりました。 余計なことをやりすぎるということは自分の「垢」をつけていくような気がしてなりません。 これで果たして何かが伝わっているのかどうかは正直反応がほとんど返ってこないのでわかりません。 でも、もともと私が主体的にキャンパーと家族のために始めたことなので、その結果に対してはもちろん無欲です。 私が与えられる数少ないこととしてご笑納いただければそれで十分なのです。
・・・・・ とはいえ、 そこは私もかよわい人間 (爆?)
実は専門家の何人かに見てもらったことがありました。 当時は本当に上達したいという気持ちがありましたので・・
そうしたら帰ってきた答えは・・
NHKの某ディレクターさんは、今の松山放送局にこの絵がとれるカメラマンはいないかも・・
CATVの某編集者さんは、外注のカメラマンが行っても子供のこの顔は取れないでしょう、田中さんだからこんな顔してるんですよ・・
そんな風に表現してくれたことがありました。
冗談半分の些細なことかも知れませんが、 すごく救われたような気持ちになったことは事実です。
おかげさまで、まだ撮り続けていられます。 ありがとうございました。
子供たちにとっては何のことはない通り過ぎていく一つのビデオですが、 私にとっては誰かのお役に立っているかどうかは別として、 私自身を限りなく育ててくれた大切な時間と作業であったことは間違いのない事実でありましょう ・・・ あの時の自分の決断に、 感謝 !











