久方振りのというか、半年振りのミニミニツーリングでした。 2時間の天国でした。
日曜日のささやかなる自己満足もたまには必要なのです。 夏には夏のにおいと空気感がありますが、オートバイという媒体を通してしか見えない世界というのもやはり私には合っているのかも ・・・
久方振りのというか、半年振りのミニミニツーリングでした。 2時間の天国でした。
日曜日のささやかなる自己満足もたまには必要なのです。 夏には夏のにおいと空気感がありますが、オートバイという媒体を通してしか見えない世界というのもやはり私には合っているのかも ・・・
ある現役教師が子供たちに語ったお話です。
昨日のブログの続きとしてもお楽しみいただけるかも ・・
"「徳川家康の幼少の頃の名前を竹千代と言った。その竹千代が今川家に人質にされた時に、今川義元は家来に「竹千代にむごい教育をしろ」と命じた。 家来は「わかりました」と言って、教育をしたという。
しばらくして、今川義元は家来に、 「どうじゃ、竹千代にむごい教育をしておるか」 と尋ねたところ、家来は、 「はい。朝は早くから起こし、水練(今で言う水泳)をさせ、 昼は馬に、剣術に、夜は勉学にと厳しく教育しております」と答えた。 ところが義元は、「ばかもん。それはむごい教育ではない。 むごい教育とは好きな物、 欲しい物は何でも与え、 やりたいことをさせて、 いつも女を侍らせ、 わがままを言わせるのじゃ」 と叱ったと言う。
義元は、いずれ隣国の大将となる竹千代を、腑抜け人間にさせようとしていたのだ。」
人を不幸にするのは簡単だと言われます。
その人のわがままを何でも聞いてやり、好きなときに好きなことをやらせ、欲しい物を何でも与えてやれば、必ず不幸になるのです。"
このお話、 世代によってまったく受け取り方も異なるのかな? いやそれとも世代年齢にかかわらず体験値に基づく考え方に左右されるのかな?
いずれにせよ誰に対してどうしたいという信念を持った人間が、その人とどう関わっていくかによって、その結末は恐ろしいほど正直に作られる。 良くも悪くも ・・
様々な気づきは自分を守るためにも有効であろうし、他人をいかに育てるかに対しても有効であろうし、もちろん腑抜けにすることにも、貶めることにも有効であろう。
さあて私は誰のために、どのようにするために、様々な気づきを使おうかなー。
そしてこれからも誰のために、どのようにするために、いろいろいろいろ気づかさせて頂こうかなー。
私の周りの人たちーー、 お気をつけあそばせー。。 (笑)
2010年7月26日 11時36分 (J-CASTニュース)
大森 昔の大学生に比べて、変わったと感じるのはどんなところですか。
坂東 まず思い浮かぶのは、本を読まないことですね。情報源はインターネットや携帯電話が中心で、活字よりも映像に関心があるので、先生たちは授業でグラフや映像を活用しています。それにしても、今の若者は基礎知識や情報量が少なく、驚かされることが多い。身の回りの人間関係に気をつかうが、関心の範囲が狭い。■「僕マザコンです」と平気で言う大学生
具体的には、海外に行きたいという若者が確実に減っていることです。心地よい環境から足を踏み出したくないという気持ちの現れなのでしょうね。外国に行けば病気になったり、最悪の場合テロに遭ったりするなど、何が起こるかわからない。私が若い頃は、いつか海外に行きたいなあと思っていましたが、今の若者は居心地の悪い海外で頑張ることに魅力を感じないようです。外国に行くと、言葉が通じなかったり、バカにされたり、くやしく情けない経験を経て、一回り大きくなるのですが。大森 では、今の大学生の良いところは何ですか。
坂東 とても素直なところです。親に反発することがなく、お父さん、お母さんともに仲良しです。「僕、マザコンです」と平気で言う大学生がいますよ(笑)。私たちの時代に、家族とは「乗り越えるべきもの」というイメージがありましたが、今の若者にとって家族は、一緒にいて心地よい仲良しなのです。心優しいという点も挙げられます。障害を持っている学生を手助けしたり、地域の子どもの世話をしたり、勉強の遅れている子どもに教えてあげたり、といったボランティア活動の参加を募ると、たくさん集まってきます。「格差社会」に押しつぶされる人たちにシンパシィ(共感)を持っているのです。大森 それと、最近男の子は「草食系」。女の子が「肉食系」で強くて元気がいいと聞きます。
坂東 一つには、お母さんが男の子のほうを優遇して育てているからです。女の子は手抜きになる分、のびのびと育ちます。前の世代と違う生き方をするのはこわいが楽しい。もう一つは男の子は既存の生き方が確立しているが女の子はそうでない。中高生くらいの時に競争で負けると心が傷つく。そんな理由で、優劣をつけず成績発表をしない学校が最近はあると聞きます。大学受験で苦労させたくないからエスカレーター進学させたいという親と同じですね。これじゃ「草食系」まっしぐらじゃないですか。子どもの頃に「人生の不条理」と向き合わないとだめなんです。■「よそはそうでも、うちは違う」と言えるのが大事
大森 そういった若者に何かアドバイスがありますか。「品格」を身に付けるにはどうしたらいいですか。
坂東 まず、基礎を身に付けて欲しいと思います。足元が固まっていないのに、「自分らしくありたい」「個性を発揮したい」「オンリーワンになりたい」という若者がいますが、人と同じことができるようになってから、自分らしさを付け加えるのが筋です。古くさいとか、役に立たないとか、いろいろ言い訳を並べて、努力せずに、自分らしさばかりを追求する。これは「品格」のない行為で、見ていて痛々しいです。大森 品格ある若者を育てるには、親はどうしたらいいでしょうか。
坂東 本人に苦労させ自分で成功する経験をもたせること。私の経験では、苦労して成功した人ほど我が子を甘やかす傾向があります。自分の苦労を子どもにさせたくない。そういう思いが強いからでしょう。日本は今、格差社会と言われていますが、本当は豊かで、ある意味日本全体が成金状態の「一億総成金」です。子どもに豊かにものを与えられる状況でも、親が甘やかしたいという欲望をコントロールすることがとても大切です。親の手元を離れるというのも一つの手だと思いますよ。江戸時代、親は良い教育者になれないと考えられていたそうです。それで、他家に奉公に出したのが良い例です。今の若者も、大学に入る前に現実社会に触れ、その結果ぜひ勉強したいと思ったら入学する方がいい。英語圏では「ギャップイヤー」というシステムがあり、大学に進学する前にボランティア活動をしたり、海外に行ったりします。大森 「友達も持っているから」と言われると、つい買ってあげたくなってしまうものです。
坂東 私たちの時代は時間もお金も十分になかったので、「よその家と同じことはできないの」と子どもも納得していましたが、与えられる状況で与えないのは本当に難しいですよね。でも、「よそはそうでも、うちは違う」と居直っていかないとダメだと思います。大森 ある種の「挫折」も大事ですね。
坂東 努力してもできないこと、他人に負けてしまうことがあります。それで人生すねちゃう人もいますが、じゃあ自分は何ができるだろう、得意なことは何なのか、と考える。そして方向転換する。それには、現実と向き合わなければなりません。親や周りの人間がお膳立てするようではだめなのです。【プロフィール】 坂東眞理子(ばんどう・まりこ) 昭和女子大学学長。1946年生まれ。東京大学卒業。69年総理府入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事などを経て、01年内閣府初代男女共同参画局長。『女性の品格』『親の品格』がベストセラーとなる。近著に『錆びない生き方』。
大森千明(おおもり・ちあき)J-CASTニュース編集長。朝日新聞社でアエラ編集長、週刊朝日編集長などを務める。
フー、 には続きの続きがあるのだ。
マーブルデーの後、ささやかな眠りについたとたんの朝、正調寝息節をうなる我妻を尻目にそそくさと身支度を整え、いざトレーニングキャンプ③へいざ出陣。
車でメンバーを拾って野外活動センターへ。 レクチャーの後はなたの使い方講習である。 毎年いいかげんに済ましていたメンバーや、新人メンバーに対し、鬼の教官と化した我輩は容赦なく罵声と怒声のハーモニーを響かせながらきっちり20名のチェックを終え、そのまま昼食作りへと突入し、いろんな個性のメンバーを観察しながら、いまだに火付けのできないアホスタッフをしごきながらなんとか昼食を済ませ、片付けが終わるや否やプレキャンプの振り返りミーティングへと突入。 全員の声を聞き、必要と思われる部分の説明や補足をしながら終了。 すぐにグループタイムとなり次第夕食作りの開始。 今晩はキャンプファイヤーのリハーサルチェックがあるため早目の食事作りというわけだ。 この判断は合格であった。 相変わらずへたくそはいるものの、なんとか予定通りに夕食作りも終了し、さあキャンプファイヤー場へ。
そこでは井桁の組み方はもちろんのこと、今回はリーダーがマジックファイヤーをやるとのことでその準備も全員で共有することと相成った。 リーダーからの一通りの説明が終わり、さあ本番です。
夜の帳が下り始める美しい時間の中、いよいよ予定通りファイヤーに点火。 ・・点火。 ・・点火。
点火・・ おいおい、ファイヤーキーパーが出てきて仕掛けを手で出し始めたぞ・・
おおっ、 点いたっ! 当たり前じゃっっ!! 無理やり点けたんじゃっ!
実に見事な失敗であった。。 本キャン楽しみだなー。 クックックッ。。
後は歌って踊って、花火して・・ まあリーダー落ち込んでたけど、 よかったんじゃない。 ここで失敗できて。 ドンマイ
さあ、汗をかいた後は風呂っ! 風呂のあとは交流会っ! 麦色のジュースを2本飲みながらいろいろお話しながら1時にはお眠となりました。 もっともバカモノたちは、失礼ワカモノたちは2時までやったとさ。
7時起床の後、かまどでの最後の食事作り。 相変わらずまだ火付けもろくにできないアホウが何匹かいる。 見せたり、脅したり、説明したりしながらすがすがしいはずの朝はあっという間に過ぎていくのであった・・
この朝食はグループには分かれず、全員で協力しての朝食というプランを体験してもらうことができた。 本キャンでどうなるかは別として、こういうところで体験をしておかないとまったく引き出しのないワカモノにとっては次に何かを生み出すきっかけさえ見えてこないのである。 これだけではない、このキャンプ、本当にいろいろいろいろいろいろいろいろ体験の機会を用意させていただいているのである。 しかし、何人気づけるかは知ったことではないし、大したことでもない。 これは私にとっての、どこまでワカモノに気づいてもらえるかもしれない環境を用意できるか? というトレーニングキャンプでもあるのだから。 そうやって今までも私は彼らに育てていただいてきたのである。 どちらもがチャレンジできてこそのトレキャンなのである。
そうやってそんな風に7月の連休は一陣の風のごとく去っていったのでありました ・・
お分かりいただけましたでしょうか? 今週はじめの フー、 の意味が・・
ホント フー、 ですよ。 書きながら・・ とても全部書けないし・・ フー、
フー、 三部作 終了。
フー、 には続きがある。
その感動朗読会の後、1階ブルーマーブルに移動しいつものようにマーブルデーを堪能させていただいた。 この日は一般のお客様も多く、満杯状態の中それぞれのテーブルに分かれてまずは思い思いに話が進んでいく。 時間と共に席も移動しながら様々な方々とお話をしながらゆったりとした気持ちで楽しませていただいていた。 それぞれのテーブルでそれなりのお話があったようであるが、最後に私の左側に石の彫刻家のくまさん、右側にUデスクが座り、なんとはなしの話をしていたと思うのだが、気がつけばいつの間にか私を通り越してくまさんとUデスクがやれアセンションがどうのこうの・・ 宇宙船がどうのこうの・・ ダブルレインボーがどうのこうの・・ ・・ ・・ ・・ ・・
??????? な私を尻目にお二人は見事につぼにはまったように普通に会話をされ始めたのでした。。
一人取り残された哀れな私は、それでも何とかついていこう・・ というか、学べるものなら学んでみたいと思うのですが、 いと悲し。 撃沈でした。
それにしてもこの二人、水を得た魚のように泳ぐこと泳ぐこと・・
世の中にはいろんな人がいて、 いろんな知識があって、 いろんな見方があって、 その同志がいて、 人間は面白いなあと思いました。
なーんて殊勝なことを言ってるようですが、 ほんまほとんどノータッチの世界ってあるんよねー。
マジで少し、俺は偏ってるかも・・? と思わされるひと時でした。
勉強がたりんなー。 でも明朝からトレーニングキャンプ③だから早く帰って、 寝よーっと。
・・・ と、この日の夜は終わるのでした ・・・
フー 、 って感じです。 いろいろありましたなあ、この週末も。
前ブロでご紹介させていただきましたUデスクによる詩の朗読会は、予定通り土曜の夜にsing out にて感動のひと時を約20名の方々と共有させていただきました。
この夜読まれた「天使の着ぐるみ」という詩、 やはりただならぬエネルギーを秘めていることは明白です。
そしてそれをものの見事に表現されたUデスクの力量というか、存在というか、魂というか、普段の彼女とはまったく違う彼女にしてやられました。
この詩に出会い、作者へのルートを探り、思いを伝え、周りに伝えていくことの了解を得、これからの人生をこのために費やしてもいいと考え、その時期を模索していた彼女が最初にこの詩を私にプレゼントしてくれたことで、今回の朗読会は生まれたのでした。
必然とは偶然に起こることとはまったく違う感動を与えてくれますが、ただ、それは何もせずに待っていては絶対に生まれてこない成果であろうと思います。
彼女の今までの人生の中での数々の困難との出会い、傷つき、悩み、翻弄され、助け、助けられ、気づき、乗り越えてきた壮大なプロセスの中から初めて生み出せる成果であったことと思い至らせてくれました。
彼女の心のこもった、想い溢れる表現力の前に皆はあまりにも無力でした。 いえ、無力で素直な存在にしてもらえました。 静かに溢れる涙、頬を伝う涙が自我を溶かして裸の自分にさせてくれました。
自分で読んでいたはずの詩が、他人の力を借りて聞かせていただくことでこんなにもまったく違う世界を与えてくれることに素直に震えました。 自分で読むということは、自分の思い込みや経験値でしか解釈されてないのですね。 改めて人の存在というものに目まいがいたしました。
Uデスク、 心から感謝申し上げます。 ありがとうございました。
Uデスクより最後にいきなり挨拶を振られましたが、 わたくしお察しのとおりズタボロの状態で言葉にできないというか、おしゃべりできる状態にないというかで、皆々様にはご迷惑をおかけいたしました。
こんな状態を人前でさらしたことはあまりないと思うのですが、 今にして思えば私の中にひとり閉じ込めてきたものや、我慢してきた、耐えてきたそれなりのものを、皆様のお力をお借りしてきちんと正常に流させていただけたとても貴重な時間だったのかなと思っております。
それほど大きな愛に包まれた詩であり、読み手であり、観客であり、お店であり、そのときであったのだろうと思います。 ありがとうございました。
彼女はこの朗読会を定期的に行うことも考え始めておられます。 「私自身が与えられたから」 という体験が後押ししているようでした。 ぜひ次の機会をまたご紹介させていただこうと思います。
お楽しみに・・・
んー、 ただひとつだけちょっとだけ後悔があるかも ・・
あ~~、 かみさんと、友人知人、はーと・ねっとの数名のメンバーにしっかり見られたのよねー。
ズタボロの あ・た・し・を ・・ あ ~~~~~~ 予想外~~~ ・・・
ア~~~ 。。
なにやら最近というか、なんというか、いろんなことやいろんな人がいろいろあって・・ まとまりがつかなくなりそうなので、取り急ぎお勧め情報だけでも書いておこう。。
まず一つ目は、今週土曜日、17日の18時からフレッシュリーブス地下の「sing out」 にて詩の朗読会が行われます。
これは私の大切な人の中の一人でもある某マスメディアのUデスクが、どうしても伝えたい「詩」があり、自分のライフワークとして伝えていきたいとの強い想いから実現するものです。
私もその詩を拝読させていただきましたが、自分の中にもとても自然に重なってくる部分があり、本当にしっくり融合した感覚にさせていただきました。 もっとも実際はそーとー強烈に響いてますけど・・・
なかなか障害者と係わりなく生きてこられた人にとっては、また関係してたとしても、度肝を抜かれる解釈のように聞こえるかも知れませんが、素直な気持ちで聞くことさえできれば、驚くほど新鮮な気持ちが生まれることと思います。 ものの見方、考え方ということだけで、今までの世界が別物に変わるきっかけになりうるかも知れません。
昨日のリハーサルを聞いて、自分で読んだのとはまた別世界として感じさせていただいたのは、Uデスクの表現力がプラスされてのことだと思いますが、皆に伝えたいと心から思っている人はやはり違うなぁ と感心いたしました。。
素晴らしい「詩会」です。 ご興味のある方は出会ってみてください。 Uデスクのご好意により今回は無料です。 その日は1階「ブルーマーブル」のマーブルデーなので、終了後はそちらに移り改めてゆっくりお話もできそうです。
リハ風景
もうひとつは、以前にも少しご紹介させていただきました瀬戸内海の上関町に建設予定の原発に対して唯一28年間保証金をもらわず、未来のために反対運動を継続し続けておられる祝島を舞台に描かれたドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」です。http://888earth.net/index.html
反対運動に賛成か反対かという単純なものの見方にとらわれることなく、知らない人がほとんどであるという現実を認識し、少なくとも知っておきたい、知りたいと感じる方はぜひこの機会に見ておくべき映画だと思います。 祝島の現実と平行してスウェーデンの持続可能な社会を構築する人々の取り組みも描かれているようです。
「未来を待たずに今、未来を作り出すその現場がここにある」 というコピーは私を惹きつけます。
7月24日 (土) 愛媛県美術館講堂 1階
①開場9:50 開演10:00 鎌仲監督のお話13:00-14:00
②開場14:00 開演14:30 鎌仲監督のお話16:45-17:30
問い合わせ 089-908-7687 (高岡氏) 当日資料代として1000円
忙しいからこそ、触れておきたいと思えるもののご紹介でした。
本日は持ち回りブログの担当だったのであいキャンブログの方に書かせていただきました・・。
両方書く気力がありませんのでズルしまーす。
ご興味のある方はこちらへどうぞ。。 http://www.aobaland.com/aiaiblog/
私のキャンプネームは「マージン」です。
あいキャンブログの方にボチボチと先日のプレキャンプの振り返り、反省点、気づきなどが書かれ始めている。 もっとも詳しくはミーティングの場にて行うものであるから本格的なものではないが、それでも何人もが何かを気づき始めているようである。
そこでひとつ、人生の先輩からいただいた言葉をこのタイミングでメンバーに送ろうと思う。
もっともこのサイトは私個人なのでほとんどスタッフは見に来ないことを前提に敢て書く。
なんでそんな意地悪なことを・・ と思われるかも知れないが、実のところ何かに気づき、そこから学びへと自らを導ける人は、少なからずチャレンジすることを継続する。 ここで言うチャレンジとはもっと学ぼうということであり、一緒にそのことを体験した私から何かを学ぼうと思う人は必ずここへ来る。
ご丁寧に若者に親切なように合わせたりはしない。 何かを越えてくる人だけが、何かを創れる。 ここは本来創る場所であるからその部分も大事にするのである。 初心者向けにあいキャンサイトも用紙されているだけの話。
さて、今回ご紹介したいのはおなじみ松下幸之助翁のお言葉でありますが、私にとっての経営の師匠である田舞徳太郎氏の記事と共にお楽しみ頂いたほうがよろしいかと思いますので、そのままご紹介させていただきます。
【着想】とは
「あっ!」「えっ!」という閃きです。 驚きをもち、何事にも関心を感じることが大事です。 可能思考研修 基礎コースの気づきも一部ここに入ります。着想を得るとは遺伝子がオンになった状態です。
次は【連想】です。
「はてな(?)」と疑問を抱くのです。視野を広げるといっても良いでしょう。あれやこれやと連想し続けてアイディアを豊かにするのです。
しかし、この連想までではうまくいきません。
【発想】にまで高めることが大事なのです。
中小企業の場合、多くはここまでしない!から失敗するのです。
だから、発想の場合は、 自分の考えを他人に話して意見を聞いたり、それを確かめたりして、考えを膨らませる事が大事です。現実に向けて「発想」を高めるのです。
発想まででも、アイディアはビジネスにはなりません。
【予想】にまで具体化・現実化する必要があります。 安易に「これでよし」ではなく、 自分以外の人達やお客様は一体何を期待しているか?予想出来る状態まで絞り込むのです。
「幸之助は、大事なことは人に教えを請いつつ、 何者かを悟り続けるという生き方をしました。 話すことは三割、聴くことを七割とし、 何事にも関心を持って学び続けたのです。 そして、単に学ぶということではなく、 その後は深く深く思索にふけり、 自分の納得のいく答えを探し続けたのです。 すべての経験が教科書であり、すべての人の教えは参考書でした。 「松下幸之助に学ぶ 指導者の三六五日」より」
さあ、何人のスタッフメンバーが今の気づきを予想までに高めていくことができるのでしょう。
ここに書かれてあることは、子供が無意識のうちにうまくやってしまうということとはまったく違い、最後まで「意識的」に行えるか、ということです。
ここがとても深いのです。
今年のメンバーが面白いので、ついにここまで書くことになったようです。 さあ、どう出るかな?
大雨の後の霧に煙るレインボーハイランドにて、先週日曜予定通りにあいあいプレキャンプが行われた。 総勢100人であった。
雲の中にいるくらい浮遊感のある幻想世界の中で始まったプレキャンは、スタッフの立てたスケジュールどおり進んでいった。
初めて参加する家族はそれぞれ期待と不安の表情で受付を済ませた後、歌やゲームを体験する中から少しずつリラックスしたり、まだまだ緊張の解けないままグループごとの食事作りに取り掛かっていった。
その中で、実はとても気になる親子に出会った。
高校生の発達障害児の母子であったのだが、まず子供の方がみんなと離れた場所でスタッフの一人と長時間深刻な顔で話をしていた。 近寄って聞いてみると、「僕はみんなの役に立つ人間ではない、その資格もない、足をひっぱるだけだ、こんな気持ちの僕には参加する資格はない・・・」
というようなことを立派な言葉と話し方で延々とスタッフに訴えていた。
スタッフが「そんなことはないよ、大丈夫だよ」と伝えてもまったく聞く耳を持たない。 答えるだけ泥沼にはまってしまう。
早々にその場を離れ、お母さんと話してみる。
良かれと思い今までもさまざまな事を子供のために用意するのに、ことごとく反抗し、挙句の果ては怒鳴られ、いつ暴力沙汰になるのかと内心おびえながら暮らしているのだと涙ながらに話されていた。
人事とは思えず、私が今できうるお話だけさせていただいたのだが、このくらいの年齢になると多かれ少なかれどこの家庭でもそれらしいことはある。 でも初めて経験する家族にとってはいつだって大変な驚きの世界でもある。
実はこのほかにも健常児だけれども、明らかに問題があると見受けられる子供がいた。
あいあいキャンプにやってくる子供もこの10年の間に大きく変化してきた。
時代の反映者として。
プレキャンプ自体は楽しく、夏につながる形で終了したのだが、 私の心はそれだけではない部分がしっかりと根付いてしまったようだ。
何ができるのかではなく、してあげれるのかではなく、 せめていつも受け入れ続けていられるようにしたいと思う。
先週土曜日のseedライブイベントポスターである。 主催のサウンドガーデンさんは以前にもご紹介した音楽を通した人づくり、まちづくりを体を張って具現化しようとチャレンジし続けている会社である。http://sound-garden.co.jp/
歴史を積み重ねてきたこのアコースティックライブイベントも、一段とバージョンアップし、ついに自分たちだけの楽しみのためだけに行うイベントから、誰かの役に立つイベントとしての要素を持つようになってきた。
このイベントの収益の一部(大部分だと思うが・・) から養護学校に対して楽器の贈呈が行われたのである。
子供たちの喜ぶ顔が浮かぶ。
若者の中にもしっかりと具体的に、誰のために何のために行うのかを問いただし、修正、改善し続けようと頑張る人が身近にいてくれることはうれしい限りである。
今回贈呈したものは楽器の形をした心であろうし、実のところ贈呈されたのも学校でも生徒でもなく、自分自身の心だったのかも知れないなぁ ・・・
心から声援を送りたい。
