2010年5月アーカイブ

ある休日の情景

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久方ぶりにゆっくりお休みを頂戴した。

例のごとく例のかみさんと(どんなかみさんや・・)、お散歩に出かけた。 お弁当を持って、水筒を持って、カメラを持って、自宅から石手寺にお参りし、境内くまなくお参りしたあと大山寺への遍路道と称する誰も上っていかぬ急な階段をエッチラオッチラ登り、途中の休憩所で半夏日の日差しを木陰で半分身に受けながら、鳥のさえずりと戯れ、時々やぶかに血をくれてやりながら、穀物米のおにぎりを頂いた。

お散歩 010.jpg お散歩 014.jpg眼下には道後の住宅街がまばゆく輝き、遠くには山並みが霞みながらも新緑の力を感じさせていた。

その後いよいよ獣道のごとくの遍路道をたどり行くと、何時しか伊佐庭神社へと導かれておりました。 ここでは本殿前にて神前結婚式が執り行われておりました。 最近多いんです。 そして案の定いつもは鈴をならし、お賽銭を入れ、パンパンしてお参りする場所は、遠慮のカタマリのように見事に空白地帯と化しておりました。 まあ、気持ちは分かります。 賽銭箱のすぐ向こう側には新郎新婦を始めとする両家の親族郎党が両側を本殿に向かって占拠している状態ですから・・

しかし、アホの私には関係がございません。 お参りすべきかどうか躊躇している十数人の参拝客を素通りし、いつものように威勢よく鈴をジャラジャラとお鳴らしになり、いつものようにお賽銭を10円入れさせていただき、いつものように拍手をパンパンさせていただき、いつものように二礼させていただき、いつものように感謝を奉献させていただき、いつものように礼をして門を後にいたしました。 

ただ、いつもと違っていたのが、私がジャラジャと鈴を鳴らしたときに参列の親族のおじさんがびっくりして振り向いたことと、パンパンしたときになんか睨まれたかもしれないということと、門を出るときに外で身動き出来ずに固まっていた参拝客の皆さんがニヤニヤしていたことと、石段を降りるときにかみさんから 「やっぱり思ったとおりのことしやがってから・・ 」 とかなんとかご注意を賜ったことかな。。    でも、ここってオープンスペースですからねっ。 結婚式するところじゃなくって、感謝奉納するところですからっ!    っていっても、少しは反省、  ゴメンナサイ。

ってなこともありながらそのままお散歩を続けて、その後一遍上人誕生地である宝厳寺へとお参りし、道後界隈の裏道筋を堪能し、かれこれ6時間余りにわたるお散歩はいよいよ終焉に向かって進んでいく。  次なる場所はツカサビューホテルの露天風呂であります。

ここは伊佐庭神社の並びにある高台ゆえ、露天風呂からの景色がいいのと、人が少ないので気持ちよく道後の湯に浸かれるのであります。 案の定この時間は正解。 そそくさとパンツを脱ぎ、いざ臨戦態勢のごとく(なんのこっちゃ) 風呂場のドアに踏み込まんとしたその時、 な、なんと若き従業員の女性が風呂場から風呂のチェックを終えて出てきたではないか・・   臨戦態勢の(?) 私は、  しっかり見られた ・・・ 

しかし、 さすがである。 このマニュアルを仕込まれたうら若き乙女は私のモノを見たかどうかは別として、コンマ何秒の素早さにて90度方向転換したのである。 そしてその狭い風呂場へ向かう通路で私に背を向けたままうつむいて目を閉じ、私が通り過ぎるのを静かに静かにたたずんでいてくれたのであります ・・      さすがです、    としか言いようがありません・・・

気を取り直し、最高の温泉を一時間半満喫し、客も増えてきたところで「さあてサッパリと切り上げますか」 と風呂場のドアを開け拭きタオルに手をかけたところで  ・・    うら若き乙女は定期チェックに又いらっしゃったのです。   悲しすぎるおいちゃんはそれでも前向きに、 「昔のオレならオオゴト落ち込んだかも知れんが、今のオレなら大丈夫」 などと訳わからん言い訳しながらかみさんの元へと向かうのであった。  

たまの休みもやはりいろいろにぎやかに、私らしく過ごせたことはまことに感謝の念に絶えません ?

今日も一日ありがとうございました。。

 

お散歩 026.jpg お散歩 044.jpg 

 

 

なんと、 はや週末である ・・・

はやっ!   ちと時間調整軸が狂ったかな?  

忙しく生きるも、、ぼーっと生きるも、実は継続して生きていることに変わりはない。

ないが、果たしてそれでもなお継続して生きる意味はあるのか ・・

 

経営の師匠はこういいます。

"継続は力になります。 昔から言われていますが、中道に廃す人がたくさんいます。  孔子は自分の弟子に言いました。 

「君は自分の事情で勉強を途中でやめようとしているが、それは自分を見限ったようなものだ。」

経営者でも幹部でも社員でも、途中でやめる人が圧倒的です。 人生で人様と差別化して独自性を出すにはあきらめずに続けることです。 続けた人間にしかわからない境地があります。 その境地こそが大切なのです。 勉強が目的ではない!勉強を続けて得た「境地」が目的です。"

 

「月刊・理念と経営」の言葉

4月号「プロとアマの違い12ヶ条より」

「例えば皿洗いでもよい。山のように詰まれたレストランのお皿を、三十数年黙々と洗い続けた女性が言った。

「私はこの場所でお皿しか洗えませんでした。美味しいお料理を作ることもできない。 お客様のサービスもできない。でも三十数年もここでお皿洗いに徹したのは私しかいません」

砲丸投げの室伏選手は、厳しい訓練と同時にオリンピックでメダルを獲得し、 華やかな選手生活を送った。 比較してこの女性は、四十代から夫に先立たれ、子供を養うために下積みの仕事に徹した。 だがプロに相通じるのは、自らがつくりだした生き方の境地だ。 この女性は七十を過ぎてもかくしゃくと生きている。   大濠一郎」

  

「何故、そこまでして参加すると言うのかと問われれば、 私は凡人だから一度や二度くらい木野先生の、 松下幸之助翁の思想を聴いても、 頭では理解できるが肝っ玉に入らないからです。 また一年の経験や体験を得ることにより、 一年前の気付き解釈が、違った解釈になる事が多々あります。 これは継続して、始めて解ったことです。」

 

 

・・・ この方々に共通しているであろう事は、生きている途中で答えを求めようとしていないことであろう。

そう、ただ淡々と、粛々と生き続けている。 今日も人生の一つのプロセスに過ぎないということを当たり前のように理解している。 それ以上求めることに意味はないことを達観しているかのようにも思える。

 

それらの考え方を生きるということに置き換えた場合、同じようにどんな生き方をしたにせよ、忙しく生きようが、時にぼーっと生きようが、毎日がかけがえのないプロセスであるかも知れぬということになるのだろうか? どんなに苦しい日々があったとしても、どんなに泣きたい日々があったとしても、今まで一度も笑えなかったことはないのだろうか?

必ず気づかない間にも静かに時は流れ、気づいた時には様々な体験や気づきを与えられていたりするのではないだろうか?  そう、人生は動いている。 今はこうでもいつかは変わる。 三十数年お皿を洗い続けながら、気がつけば子どもを育て上げ、かくしゃくとした七十代の人生を歩んでいる。

 

私たちにも出来ること。     何はなくとも生きるために生きること。      大いに死ぬまで生きましょー。

 

 

 

 

 

トレキャン ①

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先週土・日の1泊2日はあいキャンのトレーニングキャンプでありました。 今年度のスタッフのスキルアップキャンプで、子どもたちに教えてあげられるくらいの技量を身につけることが目的。 

ナタの使い方管理のしかた、火のつけ方管理のしかた、その環境での調理の体験、キャンプ場の把握、ゲームや歌の練習、自己表現、コミュニケーションの構築等々 ・・・それはそれはの大雨の中、行って参りました。  私の怒声、罵声の飛び交う中(もちろんほめることもある)、それでも少しずつたくましく何かに気づいたようです。 ここに来る前の自分と、終わった後の自分の変化と気づきに感極まっている子もいます。 そう、しんどいことやつらいことを助け合いながら過ごしていくと、自然に人間は相互理解・相互扶助の精神を育むことが出来やすくなります。 一人の力ではできないことを助け合う中から達成した喜びは、そのつらさを少しだけ超えるようです。 でも、その小さな喜びがその後の人生を支えてくれたりもするものです。 少なくとも私はそうです。

気づきとは、教えられるものではなく、自らの中からはじけるように現れいずるもの。 だから納得がいくのです。 そして納得がいくからこそ素直に改善が出来るのです。 学ぼうと思えるのです。 

その気づきが起こりやすい環境を整えるべく、この10年やらせていただきました。

今回、その10年の意味が少し分かりました。 ありがたいことです。 うれしいことです。 ありがとうございます。

いつまでやれるかは問題ではありません。 今のこの時を今年も本気で関わろうと思っています。

それにしても ・・・     今年の新メンバーのでこぼこぶりにはまあまあ感動です。

トレキャン① 218.jpg

 

 

 

道の選択

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昨日は支援員の友人と共に、松山市郊外の山の麓にある家庭を訪問した。 ちょうどウグイスのコーラスコンサート中での訪問とあいなった。 こんなある意味ではすばらしい環境ではあるのだが、ここに住む車椅子の女性にとっては陸の孤島よろしくいろんな意味で大変な場所でもある。

彼女は生まれつきの脳性まひで体が不自由である。 進行性のためだんだん動かなくなり、少し歩けていたらしいのだが、今は車椅子となった。 その彼女の父親は死別し、母親は痴呆症のため病院に入院中である。 そして離婚して帰ってきた弟は極度のアルコール中毒で入退院を繰り返す中、現在も入院中である。 そんな様子を知ってかお隣に住む方が、彼女が気づかない間に彼女の弟が所有する土地に建築材料を運び込んでいたらしい。 普段その土地に行くこともないらしいのだが、ひょんなことで行くことになり、その異変に気づいたそうで、すぐさま問い合わせるとそそくさと材木は姿を消したらしい。

それからというもの、彼女はこんな環境下で一人、これからどんなになってしまうのだろうと不安に慄いていたようだ。 そんなことを支援員の友人に相談したが、友人も土地のことなどどうしていいか分からず、私の方に相談があった次第である。

そして、詳しく聞き取りをしていく中で浮かび上がったのは、自宅も含めそれらの空き地も農地であるらしいということ、父親は農業資格者として自宅建築が許可されていたようだが、彼女にはその資格はない。 したがって家の建て替えも不可能である。 また、売買も極めて難しい。 そして、それらの不動産全ての所有権はアルコール中毒で入院中の弟にある。  弟には別れた妻との間に子どもが二人おり、ゆくゆく彼に万一のことがあれば彼女は今の住まいに居ることさえ危うくなる可能性もある ・・・    その他もろもろもろのことも在るのだが、総じてこれからかれこれリスキーな状態にあることをご説明させていただいた。

聞き終わると彼女は、まったく想像すら出来ない事態になろうとしていることに驚きはしたものの、そのことが理解できたことに喜びも感じておられた。

そうなのである。

知識がないと、むやみな空想や幻想に自らを落としいれ、不必要な不安に苦しまされることがある。

しかし、なかなかどうしてそのような知識は一般的にはほとんどご縁のない方が大半を占めるのである。  数年前にもこの支援員さんのご紹介で、90歳の父親と全盲の息子さんの二人暮らしの家庭に、リフォーム屋が入り込み、かれこれ高額のリフォーム契約書にサインをする直前に私の方に相談があり、間一髪クリアしたこともあった。 その後その家も山の上にあったので、今後を考え、自宅を売却して、街中の中古マンションに買い替えするお手伝いをさせていただき、今では父親も全盲の息子さんもかなり便利で安全な暮らしを営まれている。

 

誰が、どんな意図で関わるかによって、社会的弱者の方々の人生はどのようにでもなってしまう側面を持つ。 彼らの弱点をいいことに自らの利益を追求することくらい簡単なことはないだろう。

 

私たちは常に試されている。 常に選択できる。 どちらの道に進むかを。 

自らの良心に包み隠さず見られながら ・・・

 

 

 

 

カメラマンの友人がいる。  昨日その写真展をかみさんと見に行った。  場所は「かまぼこ板の絵」展覧会で有名な城川町のギャラリー城川http://cpmserv.cpm.ehime-u.ac.jp/sirokawa/

このカメラマンはわが母校、道後中学の卒業生でもあるのだが(年は一回り違う)、星野道夫氏にほれ込んでカメラマンになることを決意し、アラスカ大学を卒業し、半年アラスカで写真を撮り、半年松山で土方のバイトをするという生活を長年続けていた。 今は自作のスライドショー「アラスカ・フォトライブ」(学校、病院、各種団体での実績多数・どこにでも行きます) としての講演料や書籍で生活している。

その写真というのが、夏のアラスカ無人島で人に犯されていない苔むした原生林のような場所で2-3ヶ月テントで暮らしながら写真を撮る。 貧乏なのでペラペラのゴムボートでアラスカの海に漕ぎ出し、数時間波間を漂いながら、クジラを撮る。 誰も見てないのでひっくり返れば彼は一人で海の藻屑となる。 陸に上がれば熊のえさになるかもしれない中で、植物樹木を撮り続ける。

冬は小型飛行機をチャーターしてマッキンリーの麓の氷河地帯に連れて行ってもらい、まったく何もないようだけど、クレバスあり、猛吹雪あり、-40度あり、孤独あり ・・・ のような豊かな場所で? これまた2-3ヶ月自作のカマクラで写真を撮りながら過ごす。 ここではオーロラを撮る。 6000メートル級のマッキンリーの遥か上空に二度と同じカタチと色を見せないオーロラがうごめく。 このステージで見ている人間は彼ただ一人。 それがいかに神聖であるかは少しはわかる。 

ほとんど毎日吹雪で年によっては一枚も撮れないときもあるという。  それでも毎年通う。

夏にしろ、冬にしろ、こんなところで住み込みで撮り続けるカメラマンは世界で彼だけである。 アラスカの現地人だってしない。 普通のカメラマンは飛行機でさっと来てさっと帰るということを繰り返しながら撮るのだが、彼は貧乏なので住み込むのである。 

彼はそれが幸せでたまらないと言う。 正真正銘いつも本気でそう言う。

私は彼を「アホ」と呼ぶ。  すると彼は「アホにアホと呼ばれたくないわい」 と言う。

      ・・・ ごもっともである。。

 

そんな彼の写真をまた見てみたいと思い、久しぶりにかみさんと出かけたのであった。

やはりこの写真には何かがある。 単なるもの珍しさとかというものではなく、どこからともなく染み出してしてくるような何か、感動とも違う、自我や自己という意識を溶かしながら、じわりじわりと私の中の何がしかの本質に語りかけてくるエネルギーとでもいうのだろうか?   神の存在をある形として見せてくれているような気持ちになるのである。

そんないい気持ちで見ていたら、なんと本人がいた。 奥さんが見てないので来たのだと言う。 ご縁に感謝。 久しぶりだったのでうれしくなって、アホじゃカバじゃとひとしきりおしゃべりして、6月出発の無事を祈りつつお別した。

そんなどえりゃあアホのカメラマン、松本紀夫 http://www.matsumotonorio.com/ の写真展は5/30まで ギャラリーしろかわにて。。   行くべし!!

 

ギャラリーしろかわ 009.jpg

 

成功の秘訣?

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著名な税理士事務所の先生の見解です。 普段から様々な会社の経営者を見てきた歴史の中から見えてくる方程式があるようです。 私たちの生活の中にも共通するヒントではないでしょうか?

こんな時だからこそ真摯に耳を傾ける言葉としてご紹介させていただきます。 ご参考になれば・・

 

 

 

 "「成功する人の条件」というのはどういうものでしょうか? 船井幸雄さん(船井総合研究所創業者)も言っています。「素直であること。すべて受け入れ、自分が原因と考える。」

たとえば、一人の社員が辞めたとします。そのとき、「このやろう!高い給料払っていたのに!」と思うのか、「そうか・・・。おれの力が至らなかったんだなあ。あいつが辞めて後悔するような会社にしてやろう!」と思うのか。

 いいですか。部下が辞めるというのは、直属の上司の責任です。尊敬できない上司、幹部だから辞めるんです。尊敬される人間になることが、会社をよくすることにつながります。

 

プロをめざすために、勉強する

続いて、勉強が好きかどうかです。皆さんは、勉強好きでしょうか? 100年に一度の不景気なんですから、これを乗り切るには学び続けることです。過去の経験則がないんですから。

そして、学ぶ際には、「プロを目指す」ことを念頭に置いてください。皆さんは、「プロの経営者」ですか? 「プロの幹部」ですか? 今までは勢いでいける時代でした。しかし、これからは学ばないといけません。それも広く浅くです。財務、マーケティング、学ぶことは一杯あります。でも、深くなくていいんです。深く勉強することは難しいですから。

 

学んだことを実行に移そう!

ただ、学ぶだけでなく、それを実行しなくてはなりません。つまり、今の不景気だからこそ、やってみる価値があります。それに、今だからこそ、やれるんです。私たちの業界も今、厳しいです。倒産したり、廃業したりで、お客様がいなくなってしまいますから。ですので、いろいろなことをやるチャンスだと思っています。幹部たちも、営業的なことであれば、何でも言うことを聞いてくれます。

数年前は、あれをやろう、これをやろう、と社員たちに言うと、「もういいじゃないですか。ここまで成長したんですから」と言って、言うことを聞いてくれませんでした。

 

思ってなくても、「ありがとう」

人に感謝することも「成功する人の条件」です。私はある人に言われたんです。「ありがとう、と言いなさい」って。でも、「ありがとう、と思ってないと言えません」と言いましたら、「思ってなくても言いなさい」と言われました。

それ以来、私はまず妻に「ありがとう」と言うようにしました。今まではそんなこと言ったことなかったのですが。それを一年くらい続けていたら、本当に「ありがとう」という感謝の気持ちを抱くようになるんですね。

それを会社でもするようになりました。「おはよう!ありがとう!」朝はこうです。挨拶に近いですね。怒っているときも、「ばかやろう!」でも、終わったときには、「ありがとう」。毎日言っています。

幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せなんです。「ありがとう」という言葉は、人をポジティブにしてくれます。皆さんも社員の方に言ってみてください。

 

京セラの「人生に方程式あり」

中小企業には、優秀な人材が集まりにくいと言われます。だからと言って、中小企業のすべてが業績が悪いかというとそうではありません。

稲盛和夫さん(京セラ創業者、名誉会長)は「人生に方程式あり」と言って、次のような考え方をします。

人生の結果 = 考え方 × 熱意 × 能力

注目すべきは、足し算ではなく、掛け算ということです。能力は生まれもったものです。しかし、考え方や熱意は違います。明るく元気に、情熱をもってやっていけば、能力が低くても、やっていけるんです。幸せになれるんです。

 

藤間公認会計士税理士事務所

所長 藤間 秋男

(公認会計士、税理士)

 

 

 

久しぶりのタイトルである。 このシリーズの作者、小檜山 博さんも投稿誌では終了しているのでそろそろ小檜山さんの文章ともお別れである。

短い言葉の中から、とても大きな世界を感じさせてくれる人、作家として好きである。 それは即ち想像しやすい、思わず同化してしまう、と言った方がいいのかもしれない。 小檜山さんには失礼だろうが、波動が似ていると勝手に思っている次第である。 もっと言うと、本当はみんなの中にもしっかり埋め込まれている感性だとも思うのだが、まだ気づいてない、もう忘れている人が多いのかな??   とも思う。

どうも会社の中での経営者と社員の関係もいろんな形があるようですが、昔は、今回ご紹介するようなタイプの経営者が少なからずいたように思うのです。 言葉は短いが、最大の愛情を持ち合わせているタイプが ・・・    今は、  どうなんでしょうね。    私?   ・・ 論外のような気が ・・

 

ある言葉   小檜山 博    (理念と経営 特集記事より)

"ぼくは北海道にある地方新聞社に勤め、働きながら同人誌を出し、下手な小説を書いていた。 勤め先の人には、ぼくが小説など書いていることがばれないよう心がけた。 会社の仕事に一生懸命でないと思われたくなかったからだ。

三十九歳のとき芥川賞候補になり、東京の編集者から東京へ出てきて書けと言われるが、もし会社をやめて小説の注文がこなくなったとき、もうぼくなど雇ってくれる会社などないと思うと、いまの勤めをやめるわけにいかなかった。 会社には申しわけなかったが、なんとか勤めながら書きたかった。

いくつかの文学賞をいただいたある日、勤め先で社長室へ呼ばれた。 ぼくは恐ろしさで心臓がとまりそうになった。 とうとうクビだ、と思った。 考えてみれば会社から給料をもらいながら小説など書き、講演に歩く不真面目な社員を、経営者が黙っているはずがないのだった。 ぼくが愚かすぎた。

社長室へ入ると、ぼくは目眩がして体も足も震え、いまにも倒れそうだった。 ソファへ座ると社長がいきなり 「君、会社やめるってか」 と聞いた。 ぼくは即座に 「とんでもありません」 と言った。 声が震え、かすれた。 たしかに、ぼくが東京へ出て行くという噂や、ねたみや中傷の噂もぼくの耳にも入ってはきていた。

社長がぼくを見、 「そうか、それならいいけどな。 俺は小説のことはわからんけど、ここで働いてカネの心配ないほうがいいもの書けるんではないかと思ってな」 と言った。

ぼくは飛び上がるように立つと、 「すみません」 と言って頭を膝へ着きそうに下げた。 社長が 「よし、わかった。もう行っていい」 と言った。

ぼくは夢遊病者みたいに、よろけながら出口へ歩いた。 扉をあけようとしたとき背後で社長が 「いいか、会社やめるなよ。 もし、どうしてもやめるときには、直接、俺に断れ」 と言った。

扉の外へ出たとたん、ぼくの眼から涙が吹き出して前が見えなくなった。

 

ぼくはこの会社に勤めさせていただいた四十年間、会う人会う人にずっと、ぼくのところの新聞をとってくださいと言いつづけた。"

 

 

 

薫風

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広辞苑によると

「南風。温和な風。かんばしい風。南薫。青葉の香りを吹きおくる初夏の風。青嵐アオアラシ。薫る風。」となり、日本最大の俳句の結社「ホトトギス」の季寄せ(稲畑汀子編)によれば、見出しには「風薫る」とあって、「南風が緑の草木を渡って、すがすがしく匂うように吹いてくるのを讃えた言葉で薫風ともいう。」と説明されている。 

本来の出典は「唐文宗」という皇帝が、臣下の「柳公権」という者と交わした問答らしいのだが、余りに深いのでここでは割愛。。

 

 

立夏も過ぎ、心地よい風の舞い込む会議室にて2010年度はーと・ねっと・くらぶミーティングが新入会員十数名を含む三十名弱で行われた。

念入りに新人さんのキャンプネームを全員で決めた。 本人がなじむには時間がかかるだろうと思われるネームもあるようだが、なあに半年もすればピッタリ同化していることだろう。  こうやって仲間の洗礼を受けながら少しずつ本当の仲間になっていくのだろう。

毎年の風景ではあるが、いいものである。

 

その後もリーダーの司会のもと、一つずつ議題を進めていきながらこのキャンプの入口を超えていく。

私自身もリーダーの補足としていくつかの説明をさせていただいたが、新人さんの聞く態度に感心した。

 

正直分からない事だらけであろうと思うのだが、少しでもそのことを知ろうという気持ちが伝わってくるし、とても感じたことは、条件的な説明よりも、理念的説明に対してとても真剣に受け止めようとしていたことである

誰のために、何のために行う活動であるのか、どういう環境を作ることがこのキャンプの目的であるのかという説明に対して、多くの新人さんが熱心に聴き、書きとめていた。

 

予感がするのである。

 

夏のキャンプ場の風が少し吹いてきたような気がした。   南風に乗って。

 

薫風として ・・・

 

 

 

骨折妻のキセキ

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肩から突き出たピンは取れたものの、満足に腕は上がらずリハビリには時々通うものの大した変化もないまま、かえってその痛みをかばうために体のその他の部分がコリとむくみとそれによる痛みにより、眠れないほどの毎日を送っていた。 あまりにひどいので鍼灸やマッサージに通い、その場限りの対処療法でかろうじて過ごしていた次第であった。

ところが、本日より事故前に通っていた近所のスポーツクラブにリハビリをかねて行ったところ、ここでチーフトレーナーをしている浅海先生がチョチョイノチョイとかみさんに指導したところ、あれほど上がらなかった腕は高々と上がり、握れなかった手も握れるようになり、まさに狐につままれたようなことになってしまった。

かみさんはもちろん大喜びでその現実と浅海先生に感謝をするのであった。 先生の顔も嬉しそうであった。

 

この先生、二年ほど前に私がこのクラブに通いだしたときから只者ではないと感じ、かみさんにも周りにもそう言っていたのだが中々理解してもらえなかったのだが、やっと身をもってすごさを体験したことだろう。

順天堂大学でかれこれ専門を極められたようであるが、単にマニュアル知識を詰め込むのではなく、どうしてそうなるのかという原因の見極め力が優れていると感じている。 原因がある程度特定できるからこそ初めて根底からの改善が施され、その成果が確実に生まれてくる。

私の大好きな原因療法をとても論理的に、体験的にこなしておられるのである。  そして、その見る見る上がるようになる腕の療法をその場に居た他のスタッフにも惜しみなく伝授する。 一つの機会を二にも三にもしてしまう。  すばらしい人である。 

ここまでになるには相応の失敗を含む体験を一つ一つ逃げることなく受け入れ、振り返り、改善し続けてきたからこその成果であろうと推察する。 

ある人が言っていたが、最も成果を出す方法が続けることであるのだが、同時にそのための最も大きな障害が続けることである。  続けることが成果を出す最高のことだとわかってはいても、継続することが最も難しいことでもあるという意味。   深いでしょっ。   でもこの積み重ねを三十数年間継続し続けたからこその浅海先生の見立てであると思うと、先生の今までの人生に対して感謝が生まれてくる。 よくぞみんなのためにここまで来てくれました、 と思えるのである。

 

松山で一番最初に出来た老舗のスポーツクラブには、すばらしいトレーナーが今も居てくださいます。

マスターズスポーツクラブTOMORROW 、 ここにも流行に左右されない理念をもつお店がある。

 

 

 

本日は連休後半のさわやかな陽気につつまれた日であった。

午前中に会社で整理作業をした後、お隣のブルーマーブルさんの開店と同時に入店。

久しぶりにゆったりとした気持ちでオーナーの藤山さん、店長のサトさんとお話できた。 

もちろんおいしいオーガニック料理とコーヒーを頂きながら ・・

このお店に通っていると、実はすごいサービスに遭遇することになる。 あまりこのことを表現すると勘違いされる方も居るかもしれないので少々気が引けるのだが、でも本当に思わぬサービスに遭遇することがある。 私の場合はちょっとよそでは到底まねが出来ないであろうと思われるスペシャル中のスペシャルコーヒーであった。 もうしばらくすると正式メニューになると思うので是非飲んでいただきたいと思うのですが、アイスコーヒーなのにとんでもなく香りに満ちて、しかもちょっと味わえないような味に満ちたコーヒーと言うのだろうか。 まあ感動モノです。 オーナーのたゆまぬ探究心と努力の結果としか言いようがありません。 すばらしい。。

また定番ワンプレートのお料理もいつものサトさんのやわらかい、そして存在のある味わいを楽しませてくれます。 ほんとここ数日食べてないとすごく恋しくなる味とでも言えばいいのだろうか?  久しぶりに食べて安心した次第です。 

積もり積もった話も、いろんな視点観点総論各論に触れながら、趣味の話も交えながらあっという間に幸せな時間が過ぎていきます。

そうこうしていると、フレッシュリーブス5階のリフレ(足裏マッサージ) の香山さんがお嬢さんとコーヒータイムにいらっしゃり、そうこうしてるとはーと・ねっと・くらぶのマギーとチアリが県美の帰りにランチに立ち寄り、アーとかキャーとか言いながら普段出来ないようなお話もゆったり気分でしていると、あらまあ先週水曜日にSING  OUTでデビューした、はやしひろひこさんがコーヒータイムにいらっしゃり、ひとしきりこの間のお話やら、明日の二回目のDJタイムのお話やらに花を咲かせておりました。

みんなとは何の申し合わせもないのだけど、なんとなく 「あぁ、 休日の昼下がりってこんな感じよねー」って感じで、ほんといい感じだったんです。

このときホントに思い至ったのは、かなり行動派の私はこんな連休に松山に居たこともなく、いったいどこへ行っていたのだろうというくらいいたるところに行っていたような気がするのだが、本日の過ごし方を体験してみるとなんとも言えない落ち着いた気持ちで、休日らしさを心から味わえたのであります。

行き着けのお店って、 いいなぁ。   

お店に理念があり、常連のお客さんも普段からそのことに共感できているからこそ生まれてくるステキ時間なのであろう。 単に売り上げだけにビジョンを設定している店では到底生まれ得ない世界であろうと思う。 

このビジョン設定は、簡単そうで簡単ではない。  どれほど根気と勇気と苦労と貧乏がいることか ・・

しかし、やるのはなぜか?  オーナー藤山 健を始め、店長サトさんやスタッフの方々にはこの苦労より少しだけ大きな喜びが見えているからだと思う。 そして間違いなくその喜びは少なくとも私には生まれている。  すごいお店だと思う。 知れば知るほどそう思える。  幸せである。

 

そんな幸せな時間を過ごさせていただいた後は、この連休で帰省していた新入社員研修中の長男君を長距離バス停まで見送りに行った。 ギリギリまで友人に付き合い、これから就職に立ち向かう友を気遣っていたことだろう。 そんなやさしい奴である。

駅前ロータリーを出て行くバスを見送りながら、  なぜか一抹の寂しさをかみさんと共有しながら、   この日の夜も静かにふけてゆく。

 

今日という日を豊かにしてくれたすべての方々に感謝。

 

 

 

 

 

そうそう、先日の「SING  OUT」open に以前にもご紹介させていただきました往年の名DJ、はやしひろひこさんが友情出演でまさにあの当時の世界よろしく最高のDJタイムを演出してくださいました。(前ブログ最後から2枚目の写真)

この人の音楽や諸々の知識たるや驚愕するものがあります。 50年いろいろ聞いてきたり見てきたりしてきたつもりの私なんぞ、まるで子供だということがすぐ分かります。 その幅広いジャンルとトークとのコラボにより、私たち観客はしばし恐悦の極みでありました。 本当に生まれて始めて聞くその音源もしかり、その紹介のエピソードも私たちを釘付けにさせるものをお持ちです。 同席した某放送局のえらいさんも「このまま録音して放送したい!!」 とかなり本気で申しておりました。 

いやほんと、往年の名DJは今でも名DJでした。 このセンスと学習量はほんもののスキモノでなければ成し得ないでしょうね。  幸せな時間でした。。

 

実はこのスペシャルDJタイム、この店でしか聞けないこのひと時は、毎週水曜日の夜、程よい時間から 「SING  OUT」 にて開催いたします。 (しばらく、はやしさんのご好意で・・)

往年のファンの皆様や、生粋の音楽好きにはたまらない一夜になることでしょう。

 

病気で目がほとんど見えなくなって、一時のお元気がなくなって心配していた周りの方々もこの日のはやしさんを見てとても喜んでおられました。 復活の機会がこの場所で生まれたとすればとても嬉しいことです。 

これからも人と人が出会い、与え、与えられ、つながり、分かち合い、喜び合い、理解し合い、助け合う機会の場所になることを意識して支えていこうと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。