先の休日にかみさんと円空・木喰展に行ってきた。
円空・木喰ともに僧侶でありながら、今で言う彫刻家でもあった。 二人に共通しているのは全国を遊行しながら庶民のために仏像を彫ったということであろう。
ただし、普段想像している豪華絢爛な装飾であったり、完成度の高い造形美とは一線を画す。
手近にあった木材を利用する実に素朴なものである。
しかし、この二人はNHKの「美の壺」という番組でも紹介されるほどの独特の美学を持っている。
それは単なるカタチとしての美だけに留まらず、その使われ方にこそ「美」を感じてしまう。
この二人の作った仏像は、よく子どもたちによって遊び道具に使われることもあったようだ。 後ろをくりぬいてそこに子どもが座り、「ソリ」として斜面を滑っていたようである。 お陰で全身傷だらけで、おまけに顔など磨り減ってのっぺらぼうである。
しかし、創作者はそれをとがめるどころか推奨していた節もあるあるらしい。
高みにいて拝まれる存在よりも、人間の傍にいて使われてこそという理念をお持ちだったようである。
木喰の自画仏などご利益にあやかろうと、地域の人々によって小刀で少しずつ顔をそぎ取られ、こちらものっぺらぼうであった。 (削いだ木片を煎じて飲むとご利益があったらしい・・?)
またある地域は仏像の貸し出しが出来るようになっており、家族に病人、けが人が出た場合、そそくさと仏像を家に持って帰り枕元において祈願をしていたようである。 そして回復すると元の場所に返すのである。
これは本当に当時の人々にとってはこの上なく、心強い味方であったろうなと推察する。
しかし、二人にとってそれこそが仏の役割ではないのか? と言わんばかりである。
木の癖などそのままに、むしろその個性を生かして創り、荒々しいのみ使いの中にも自然との一体感を活かしきった円空。
閻魔様を彫っても笑顔になる、笑い顔の木喰仏。
時の権力者による、匠の世界の競演から生まれる美とは違うが、全国の貧しい民のために命をささげた二人の生き様はその磨り減った仏からいかに人々に愛され、親しまれてきたかが分かる貴重な存在としても一見の価値ありです。 わたしたちが、そんな精神になれるかどうか 試されているような ・・ ?

1月24日まで愛媛県立美術館で。
当日1200円 (前売り1000円) のところ、900円のチケット10枚あります。
青葉土地コーポレーションまでどうぞ。









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