なんとなくあの続きはまだかーーーー、なんて声が聞こえてきそうなので書いてやる。
ありがたく受け取れ。
泣くなよ!
ある商店(下) 小檜山 博 「理念と経営」特集記事より
『ぼくがコクヨ ケ-60の原稿用紙を買っていた難波商店は、ぼくが通いだして三十二年目に倒産したのだった。
まもなくぼくはある雑誌に、小さい文房具の卸し小売商店の女性経営者が、無名だった自分に三十二年間、原稿用紙の代金を安くしつづけてくれたいきさつを書いた。 心から感謝をこめて書いた。
その雑誌が出てすぐ、コクヨの役員という人から電話が来て「うちの社の製品をそれほど長い間、使ってくださったことに感謝します。 お礼にわずかばかり原稿用紙をお送りしたい」と言った。 ぼくは丁寧にお断りした。 しかしその方は「これは社長からのお願いなのでぜひ受けてほしい」と言った。 ぼくは「では、それを買わせてもらいます」と言った。 だがその方は「われわれの感謝の心です」と言うばかりだった。
五日後、なんとコクヨのケ-60が六千枚も届けられ、ぼくは茫然と立ち尽くした。
半月ほどして難波商店の彼女から電話が来たとき、ぼくは思わず「お元気でしたか!」と叫んだ。 彼女は「倒産しました」と言って泣いた。 ぼくに三十二年間も原稿用紙を安く売ってくれた七十五歳の難波ナツコさんが泣いていた。
彼女は「六十年前に父から譲られた店を、時代の波をかぶったとはいえ無くしてしまって、これまでやってきたことは何だったのかと悩みましたが、コヒヤマさんの書かれた文を読んだ人たちが、文房具屋のあんたが一人の作家という文化を育てたんだ、商業が文化であること証明したんだ、たいしたものだ、と言ってくれるんです。 コヒヤマさんがあの文を書いてくださったことで、私が六十年間あの店をやってきた意味があったと気づいたんです。 ありがとうございました」と言った。 彼女の涙声を聞きながら、ぼくも泣いた。
それから間もなく彼女から「あのあと元の取引先や顧客や、前にはお金を貸してくれなかった銀行までが集まってきて゛もう一回、店をやれ゛って言うんです。 おかしいでしょう、みんな。 それで私、またやることにしたんです。 もうすぐ開業します」 という手紙が届いた。』









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