やはり今日はこの人に触れないわけにはいかないだろう。
9年連続200本安打、おめでとう、イチロー!!
この人の成果は言うまでもなく凄いのだが、私にとって驚異的に感動するのはその"考え方"である。
「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だと感じている」
「ドキドキ、ワクワクとかプレッシャーがぼくにはたまらない。それが無い選手ではつまらない」
あたりまえ、もしくは簡単に思えるがそれを実践し続ける人は少ない。 同僚の城島選手が語っている。 クラブハウスの椅子は皆はフカフカのソファだけどイチローさんは腰に負担がかかるといってパイプ椅子+体を冷やさないためにホットパックを敷いている。 また、グラウンドに通じる通路は階段とスロープがあるが、イチさんは必ずスロープ。 階段は足を滑らせる可能性がある。 スパイクを履いていれば捻挫するかもしれない。下手したらそれ以上の怪我もある。
なんという本気の準備だろう ・・・
試合後の記者からの質疑は背中を向けたまま応じる。 先入観を持たないためか、質問者の顔は見ない。顔なじみだろうが、一見だろうが関係ない。 的を射る問いには考えながら真摯に答えるが、質問のレベルが低いと感じたときは、冷酷な表情でまともに返答しない。ときに無言。凍りつくような空気が漂うことは珍しくない。
自らが万全の準備をして最高のプレーをするからこそ、見る側にもプロレベルの質問を要求する。 その姿勢は誤解も生み、摩擦も引き起こすが、一切の妥協を許さない。
また彼は記録へのカウントダウンを楽しんでいた。
「達成していく過程が面白かった。 200安打に到達すると、いろんなものが消えてしまうので、それを実感できる時間があったのでよかった」
この言葉にはしびれる。
達成することが目的であればその過程は面白いものではなく、つらく厳しいものになっただろう。 ところが彼の場合、そんなことが目的ではないといわんばかりである。
目標の一つではあってもそんなものはいずれ消え去るものである。 そのことを体験してきたが故にその過程こそが楽しみだと語れる。 実感できると喜ぶ。
打撃に関しても
「これという最後の形はない。これでよしという形は絶対にない。 でも今の自分の形が最高だ、という形を常につくっている。 この矛盾した考え方が共存していることが、僕の大きな助けになっていると感じている」
まさに変化することを恐れない、それどころか変化しないほうがおかしい、しかし今はそれがベストだと言い切れる生き方。
彼のことばを前々から気に留めているが、本当に良質の哲学書か宗教書に出会えたような気持になる。
最後にバットマンとして数々の金字塔を打ち立てたが、まだまだ磨く部分はあるのか、の問いに、イチローは笑顔で答えた。
「時々崩れる人間性を磨いていきたいですね」
・・ ただただ、私は脱帽し続けるしかなさそうである。









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