さあ、いよいよ明後日よりあいあい本キャンプである。
50歳なりに体調管理に気を使いながらここまで来た。
何せ代表責任者として不在のまま行うわけにはいかない。
現場でしか見えない雰囲気、状況、状態を感じながら調整することも大切な役割である。
ちょっとした事から大事故は起こる。
何事も無いということは偶然ではない。
何事も起こらない準備が出来ているということである。
それでも隙が生まれたときに事故は起こる。
障害を持っている子も持っていない子も等しくチャレンジする空間である。
薪割りに決死の思いで挑戦する子もいる。
生まれて初めて包丁を持つ子もいる。
マッチを擦り火付けに翻弄される子もいる。
人前で歌を歌うのに崖から飛び降りるくらいの勇気で望む子もいる。
そんな子どもたちに対して、私たちはどれほどの恥ずかしくない準備をしてきたのだろうか。
本番で起こることはほとんどが準備の段階で想像できる。
今年のリーダーの想いである「心をこめて」連日連夜繰り返されている準備は、今年の本キャンでどんな花を咲かせるのか実は楽しみである。
心をこめてということは、すなわち上手にすることとは違う。上手に言うこととも違う。
たとえ計画通りうまくいかなくても、うまくしゃべれなくても心をこめることは出来る。
でもそれはもう一つの真実、
「血みどろの本気の準備」をしてきてこそ初めて心はこもるのだということを抜きには語れないだろう。
そしてその本気の気持をキャンプ中絶やさず燃やし続けることが出来たときに、初めて「無事にチャレンジが出来た」ということになるのだろう。
自問する。
私はその考え方にふさわしい準備をしてきたのか?
日々衰えて行きつつある体力や筋力を補う準備は万全か?
何があろうと素直に受け入れ、認めることができる心と魂の準備は万全か?
関わる人や自然、環境に対する感謝の念は十分か?
最後まで逃げないという決意はあるか?
今一度自分を確認してから今年のキャンプに臨みたいと思う。









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