――いつも先を見て、周囲を見て、空気を読んで、自分に足りないものは何かと察知して、準備しなきゃいけないと、僕は常にそう考えている――
これは、サッカー選手である中村俊輔選手の、「察知力」という著書の中での一節です。
彼は過去、自分に満足してしまい、周囲から「置いて行かれた」経験から、それ以降は常に未来を察知し、その準備に心をくだいているそうです。
私もよくボランティアメンバーに 「準備9割、本番1割」 と百万回くらい言い続けている。
イベント事などついつい本番に意識がいってしまい、その時の状況だけをあれやこれやと想像するのだがほとんど夢物語を空想的に考えているだけで、たいした準備など行おうともしない。 まるでアニメ漫画のように何でもすぐに叶えられるかのようにワクワクしながら、ただ待っていたりする。
本気で「アホか」と思うのだが、彼らも本気で出来るものと思っていたりする ・・・
この差は何か? いろいろいろいろ考えたのだが、基礎的体験力がほとんど欠落していることに気づいた。 本来普通に放課後遊んでいるだけで、1人遊び集団遊びに関わらずかれこれこの基礎的体験はマスターできたりするはずだと思うのだが、ほとんどこれがバーチャルなTVゲームに置き換わっていたりするものだから始末が悪い。
体験は正に自らの身をもって行うこと、起こることであるから五感と共にインプットされる。
そしてまた五感を使いアウトプットもされることになる。 そしてそれは修正を加えつつ成長していく。 肉体も精神も。
それが脳内でのみの理解で全てが「分かった」と思い込んでいる「アホ」には分からない。
と、 散々悪口を書いたがこれは当の本人だけのせいではない。 我々大人がこの世界を過去から現在に至るまで作ってきたのだから ・・
話を戻そう ・・
――いつも先を見て、周囲を見て、空気を読んで、自分に足りないものは何かと察知して、準備しなきゃいけないと、僕は常にそう考えている――
『現在人』 に足りないものは何かと察知して、準備するのが大人の仕事、役割だとしたら ・・
やはり少しでも体験出来る、五感が使える、場所であったり、環境であったり、システムを創ってやらねば。 そして少しでもその基礎的体験を通して、現在人が自らの足りないものが察知できるようになることで、そして準備が出来るようになることで、彼らの「未来」が「今」の気づきと努力によって創られ始めてゆく。
中村選手の「今のゴール」は、実のところ「過去の気づきと準備」により生み出されたものである。そのときには「未来に見えたゴール」は正に「今」によって作られたものである。
すなわち、ここで過去と今と未来は一致する。
さあて、 頭で分かっている「今が大事」と 悩みながらでも「行動している今」と、どちらが本物の人生かは ・・ たぶん、 言うまでもないよね ・・・ ???









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