2008年12月アーカイブ

あたらしい時代 ?

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2008年が終わろうとしている。

私にとって50回目の新年を迎えようとしているということでもある。

しかし、今までの新年の迎え方と気持ちがまったくといっていいほど違っている。

 

私自身、商売という世界に身をおいてかれこれ30年が近づいている。

また各種NPOやボランティア活動も延べ20年近くやってもいる。

その二つの世界からそれぞれ見えることを統合していくと感覚的なことではあるのだが、従来型の経済の成長と発展、すなわち文明型生産と消費のカタチは収縮、縮小へと。

農林水産業、特に農業は従来型の流通システムに頼らない独自型の多様なシステムの創造へと大きく舵をきっていく世界が始まるように思えてならない。

これは大雑把に言うならば、一度金銭に置き換えるシステムからそれだけに頼らない、すなわち物々交換型であったり、一方的な奉仕型であったり、生命を維持することに必要なこと、ものに、結局不必要なもの無くてもいいものから順次置き換わっていくということである。

もちろんすべての金銭が置き換わるということではなく、比重バランスがよりバランスしてくるということである。 (人道的に見た場合)

もう一つ別な言葉で言うならば、正直者が馬鹿を見ない世界が少しずつ創られ始めるということ。

 

無責任な話、「勘」の部類である。  「希望」かな?

当初数年間、大きな痛みを伴うだろう。  それがいつの間にか慣れて、普通になる時代まで私自身存在してるのだろうか?    チャンスだという人もいる ・・・

戦後多くのものを失った国は、例外なく国民同士が助け合い、あるものを融通し合い、お互い様の気持ちで自身をも鼓舞してきた。

今度は世界中いっぺんに経済戦後がやってこようとしているのか?

そのとき人はどう行動するのだろう、  今度は ・・       私は ・・・

人類にとって必然の体験なのか?    多くの体験をしてきた人類が・・ 日々激動の狩猟生活・・ こつこつとした農耕生活・・ 戦いによる領地拡大・・ 国土拡大・・ 資源拡大・・ 理想の拡大・・ 夢の拡大・・ 虚構の拡大・・ バーチャルの拡大・・         その結果、またリアリティーを求めているのか?  まだ繰り返すのか?  

しかし、同時に一方では真に英知あふれる人々が常に地球レベルでのビジョンを持ち続け、実現に向け行動し続けている。   

国でもない、企業でもない、組織でもない、個人の集団としての人類として、そのビジョンが叶うことを祈る。  

 

なんとも不思議な気持ちで新春を迎えそうな大晦日である。

 

 

 

 

 

第1条  仕事を自分のものにせよ

第2条  しごとを自分の学問にせよ

第3条  しごとを自分の趣味にせよ

第4条  卒業証書は無いと思え

第5条  月給の額を忘れよ

第6条  仕事に使われて人に使われるな

第7条  時々必ず大息を抜け

第8条  先輩の言行に学べ

第9条  新しい発明発見に努めよ

第10条 仕事の報酬は仕事である

 

自己中心からお役立ち精神へと昇華し、かつ自分の価値に気づくことで自分の限界を超えることが出来、自分と周りがよろこびを感じられる。 

すなわち愉快に働くことができるということである。

 

  んーーーー、 道遠し ・ ・ ・

 

 

なかなかの時代

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いよいよ各業種から悲痛な叫びやうめき声が聞こえてきた。

正確に言うと1年も前から聞こえていたが、そのときはそうでもなかった連中からも聞こえてきた。

不動産を持ちたいという気持も、身の回りや自分に起こっていること、起こるであろう事を想像するだけで萎えてしまうだろうし、萎えなくても融資申し込みに行った時点でショックを受けることになるパターンが目立つ。

だが、これだけで金融機関が貸し渋りに動いていると勘ぐるのは性急だ。

こうも地価が下がり続けると今の時点で評価をしても数年後には評価割れするであろう事は明白な時期においそれとは評価さえ出来まい。

とにもかくにも職が安定しないことには、そして仕事がある状態でなければあらゆるものへの購入意欲など湧くはずも無いだろう。

とかくサブプライムが引き金と取り立たされるが、いずれこうなる経済状況を作り続けてきたことは間違いあるまい。 世界中で ・ ・

個人も企業もとにかく金を集めたい、増やしたいと金利のつく方へつく方へと自らの魂を流していった結果に他ならない。

 

さて、ではそもそも職業とは何ぞや?

儲ける事?  自己満足?  人の役に立つこと?  世の中の役に立つこと?  

それぞれ意識レベルは違うのだが最終的にどれも金銭に置き換えて対価を頂くシステムに依存している事に変わりは無い。

このシステムで、これだけの人間が、これからも、生き続けていけるのだろうか?

先進国と呼ばれる国から崩壊しかかっている現在、その国から援助を受けながらかろうじて生きている他国の人々は・・・

人事でなく、明日の我が身だと思えてならない。

 

そんな中で考えることの一つ。 

自分の手で農業を行う事によって、「生命の維持」だけはやる気でいよう。

 

そのときの「農業」とは ・ ・ ・       「職業」と言えるのだろうか?