「出所を明らかにする。」
つい忘れてしまいがちなこと。
自分本位でしか動けていない時に、この部分が如実に問題点として浮上してしまう。
ついぞ考えたら分かる、
周りの人たちから見たときに、自分が考えた提案や意見は、どのように読み取られて、そして感じられているのか。
先日、メーリングリストで忘年会の出欠連絡を流させてもらった時に、この部分が特に大きな問題点になった。
4月に渡された資料の中にある、年間スケジュールに組み込まれていたクリスマス会・忘年会の日程。
今回、クリスマス会・忘年会の日程が当初予定していた形と変わったので、その変更を役員会で話し合った。そして、当初とは違う形の忘年会を行うことが決まり、その忘年会の幹事役として役割を担当することになり、メーリングリストで連絡をした。
ここで、本来は、メーリングリストを流す前に、当初の予定を変更をした経緯と、担当をすることになった背景をスタッフのみんなに伝えることが必要だったのに、それをせず、まるで自分が企画をしてあたかもやるようにしたというような連絡を流してしまう。
スタッフから見ると、もともと予定してあることなのに、なぜパックンが取り仕切るの?っていうところの疑問がわいてくる。
そして、企画をしているPDはどうしたの?っていう不安を与えてしまう。
出所を明らかにしていないだけで、
当初、スタッフの交流を兼ねた、そしてサポーターさん、保護者さんを交えた忘年会をしたい!
という部分から、
やってることと言ってることが違う、なにかおかしいという不安を募らせる原因になってしまい、
ごっそりと何か全く違う方向にいってしまっているのがわかる。
そこで、今回のミーティングでマージンより大きな指摘をいただいた。
ここの指摘をいただかなかったら、自分が知らない、気付かないところで、
大きく逸れた方向へと気持ちが行ってしまうメンバーもいたかもしれない。
良かれと思ってやっていたことだったので、普通に間違いをおかしてしまった時以上に、かなりショックを受けた。
そして、それと同時に、マージンがやっている役割を少しだけ間近に見ることができた。
(大きく逸れた方向を元に戻して修正していくことというのはこういうことなのか)
ミーティングでのほんの短いやり取りでのことではあったけれど、
今回のミーティングで、自分にとっては、一番大きなポイントだったと思った。
自分が成長していくために必要なことを教えられた。
今回のミーティングは、来年度の意志表明を発表する時間もあり、
自分で決断すること、伝えること、そして共有することの大切なことも学ばせてもらった。
嫌なことも良いこともあるけれど、
ミーティングを通して、何か変化をしていこうとする自分に出会うことができた今回のミーティングでした。
第8回ミーティングの議事録については、もう少しお待ちください。
パックン


君が初めてPDをやったときから、君のこの癖が気になっていた。 それから少しずつ気づいてもらえるチャンスを用意させていただいてきた。 しかし、中々そのことに気づいてもらえなかった。
このことは少なくとも本当のリーダーになるためには、大人と言える人になるためには、必要なこと。
だから何回も何回も少しずつ触れてきた。
そして今回のミーティングで深く触れられるミスを作ってくれた。 だから失敗が大切なのだが・・
君が気づきのために大きなエネルギーを使うように、私も気づいてもらえる仕掛けを作ったり、そのことを表現するタイミングや内容を推し量るのにはそれ以上のエネルギーを使う。
決して行き当たりばったりにやっているわけではない。
しかし、それが出来なければはーと・ねっと・くらぶのリーダーは何時までたっても生まれない。
この団体はもちろん仕掛けた私の成長の場所でもあるのだが、少なくとも私が皆と同じことにチャレンジしてもしょうがない。 ここは皆がそれぞれ自分で選んだ役割にチャレンジする場所なのである。 私には私のチャレンジがあるということ。
そしてその私の役割にチャレンジすると決めて君はそこにいる。
そしてチャレンジを続けて、今その気づきに触れられた。
これが継続の力だ。 繰り返しの力だ。
失敗でも何でもいい、行動した、投げかけた、与えた人だけが触れられる世界なのである。
しかし、これが終点ではない。
こんなチャレンジと後悔と、満足と、反省と、気づきが延々と死ぬまで続く。
これが人生の正体だと思っている。
君だけでは無い、私もそういうチャレンジや、ショックや、気づきの連鎖の中に生きている。
少なくともそういう仲間と共に君は居るのだ。
安心して、 やりなさい。