あいキャン3年目(ボランティアを始めて4年目の今年)。
石の上にも3年とはいうけれど(まだ3年はたってないんだけどね)
やっと、うっすらと自分のやってきてることがわかってきたような、
まだまだ全体像をつかむには程遠ーいけれど、感じたことがありました。
そんなことを感じた3年目だけど。
自分が初めて参加した1年目は、
ミーティングの時間(毎週土曜日3時間)や、やり方に(細かく内容や振り返りをすることに時間をかけること)驚きの連続で。
そして、実は子供の頃から一度もキャンプというキャンプをしたことがなかったので、はじめてのキャンプの体験でもあった。
普段、体験するようなことばかりではなく、メンバーとしても統合教育のキャンプという内容としてもとても刺激的な1年でした。
そして、1年目で大きく感じていたことは、それは、やっぱりあいキャンそのものである、主体的(能動的)になるということ。
「自分がやりたいからする」
・・・誰かがやってるからとか、そんなんじゃなくて、自分がしたいからしている。
この考えを1年目ではたくさん、キャンプ・ミーティング・準備の所々で気付かされ、
そして、自分がまだまだ受け身であることを体験させられました。
「チャレンジドと健常児のキャンプをすることの難しさ=喜び」
このキャンプで初めて触れた障害をもった子どもたち。
初めて話して、遊んで、一緒に行動して、ただそれだけのことだけど。
感覚的に言うと、温かくて、固くて、柔らかい。そんな感じがずっと心に溜まったような気がした。
もっと、この感じを体験してみたい。残してみたい。
そんな気持ちの1年目だった。
大きく言うとこの2つ。
「主体的に動く」・「体験したい、残したい。」
この体験があったから、だから、今がある。
あいキャンはまだまだ不思議だらけの世界が潜んでいるけれど。
その体験は、いろんな物事は、自分のやる気という(主体的、能動的)次第でいろんな方向へと変わっていくということ。
今年もまだまだあいキャンは不思議な世界を体験させてくれてます。
今年はあいキャン3年生。
一つに役割を背負うだけで、こうも世界が変わって見えるのかと驚きと気づきの連続中・・・。
仕掛け人、いや、やっぱりマージンはすごい。


なんかとても嬉しくなることを書いてくれてますねえ。。
いろんな部分で見ようと思えば見れるけどそうすると余りに多岐にわたり過ぎてわけがわからなくなったりするよね。
でもパックンの言うシンプルな視点でのみ見ていくと少しは整理できて見やすくなると思うよ。
今年入会したとき、頭で大体想像してたことや、ミーティングで話しながら理解したつもりになっていたこと、こういう風に出来る、やれる、やりたいと思ってたこと、それが実際にキャンプ場で生身のキャンパーと生活してみて体験したこと、これは見事に想像を超えていたんじゃない?
でもそれこそが「体験」のすばらしさ。
いくつになっても色あせない自分の存在の一部となる宝物。
存在の一部とは自分自身の生き方、考え方の基に成るもの。
それらを今少しづつ手に入れようとしているんじゃないかなあ?
キャンパーや仲間や様々な人々や自然や環境の力をお借りしながら・・
そしてまさに、自分自身の「主体性」をもって・・
意識的であろうが無意識的であろうが、みんな自分で決めて「今ここ」にいる。
自分で決めて、あの役割に「チャレンジ」した。
自分で決めて、それぞれの「体験」をした。
だからみんな「主体者」であり「能動者」である。
でも大切なことはそうあり続けることにチャレンジし続けること。
一度の感動で理解したように思わないこと。
自分の日常の中でそうあり続けられて初めて理解できたと言えるんだろうなということ。
それが難しいからチャレンジし続けるんだろうなあ。
私もかれこれ20年近くいろいろチャレンジさせていただいている。一生そうするつもりではいる。
・・パックンはそんな風なことをみんなに少し伝えたかったのかなあ・・とても素敵なテーマだと思う。
それにしてもちょっとはほめてくれてるのかな?
何せ誰もほめてくれないから、嬉しいの何の。。
プロデューサーなんてさびしいもんよ、ほんと。 ありがとー、パックン。。