小学3年生のころ、担任の先生が、
「桃、栗3年、柿8年、達磨は9年、俺は一生」
という言葉をよく言っていて、クラスのみんなに教えていたことを常々思いだした。
桃と栗は植えてから3年で実をつける。
柿は8年かかる。
達磨とは、中国の方で、人間はなぜ生きているのかということについて考えはじめて、9年後にその答えをだした。
そして、最後の俺(武者小路実篤)は一生・・・とは?
最後の俺は一生という意味を聞き逃したのか、なぜかこの部分だけ思い出せないのです。
いったい、なんだったんだろうか。
・・・さて、なぜこんな言葉をふと思い出したのかということについて。
「達磨は9年」
人間とはなぜ存在しているのかということを考えて結論を出すまでに9年かかったということにとてつもない興味があり、そして、人の生と死のテーマを、慰労会のときに、常々考えることがあったからです。
自分には到底、想像もできそうにないような答えを9年かけて。
人間は何のために生まれて、死んでいくのか。
自分の人生の問いそのものがここに集約されてると感じてます。
変な話になってしまいましたが、
みんなも、昔、誰かに言われたふとした言葉とか、大切にしたい言葉とかっていうのはあるのかな。


人は、なぜ生きるのか・・・
難しいですね。
達磨は、どのような答えを出したのかのだろうか?すごく興味深いです。
でも、その答えは、人それぞれ違うのだと思います。
>もんじゃ
小学生の頃はなんとも思わなかったけど、中学、高校となるときに達磨は九年というのが知りたくて気になってたなぁ。
たぶん、生涯の人生を終えてからはっきりとわかるもんなんだろうなぁーって思うよ。