お役立ち情報: 2008年5月アーカイブ

May 9, 2008 11:38 AM

さて、おふざけをやっているウチにいよいよ本格的なミーティングを迎える時が来た。気持ちを切り替えていこう。

以下も新聞の切り抜きの紹介であるが、私たちの活動とも大いにリンクするのでご紹介したい。

 

祝開校30周年

 知的障害のある優子さん(以下人物名は仮名)は、天真爛漫な中学二年生。

好きな人は、副担任の若い恵子先生だ。 先生の似顔絵を描いたり、お手紙を書いたりする。

 いつになったら異性を好きになってくれるのだろうかと心配した。高一になってついにその時が来た。相手は高三生の徹君である。

 そこでバレンタインデーの社会的意義を勉強し、無事プレゼントに成功した。「ホワイトデーにはクッキー渡そうか」というので、強く制止する。

 卒業式が近くなった。

次の学習はお別れの手紙だ。心を表現すること、それを文字で表すことをねらいとする。

 私は「徹君卒業おめでとう。わたしもうれしいですと書いたら」とアドバイスする。いつもなら「はい」と元気に言うところだが、今回は困っている。自分の気持ちに戸惑っているのだ。

 私は毎日言う。「徹君の卒業式まで、あと何日。優子さん、うれしいよねえ」

 ある日、「違うよ、さびしいよ」という言葉がようやく出た。

 こうして「さびしい」という気持ちを身をもって味わうことができ、「さびしい」という言葉に出合った。

 さて、三月末、今は他校にいる恵子先生が、結婚のため退職して東京へ行くことになった。そこで、急いで、みんなで、お祝いの寄せ書きを書くことにした。「結婚てなんですか」と聞く。「好きな人、例えば徹君とずっと一緒におられるんだよ。だからこういう時、、あなたは、『うれしいです。おめでとうございます』と書き、先生は『さびしいです。おめでとうございます』と書くのが礼儀なのだ」と私は教える。

 みんなが書き終わったら、ちょうど自分の離任式の時間となった。

 慈愛の空間の中で、丁寧に人生をたどり、しあわせ、うれしさ、さびしさ、がんばりを心ゆくまで体験していく。こうして、優しい人が育っていく。

 これが宇和養護学校三十年が積み上げてきた教育である。

障害があるため教育が出来ないと言われた子供を前にした時、教育は人間の心を育てることであるという答えを出した。

 「特殊教育は教育の原点である」という言葉はここから生まれた。特別支援教育となってもこの原点は受け継いでいきたい。

 子供に癒され、幸せな思い出を頂いて、次の勤務先は中学校となった。

宮本春樹  公立学校教員




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